猛毒草、プワゾモルティージュ
(まさか、こんなことが……。ありえない……)
大和と美海から採取した体液を調べた結果、とあるウイルスが発見された。
それを更に詳しく分析すると、とある植物が関連していることがわかったのだ。
(プワゾモルティージュって、毒草じゃないか……)
その植物の名を、プワゾモルティージュという。
それは、エルブという地方の限られた場所にしか生息しないものだった。
プワゾモルティージュの茎には、多量の毒が含まれている。
だが、植物そのものに毒をまき散らすような能力はなかった。
人の手が加わらない限り、このような事態が引き起こされることは絶対にないのだ。
(誰かがこの毒を抽出して、多くの人が吸い込むように仕込んだのか……。一体、どうやって……? なんのために……? そして、誰がこんなことを可能にしたというんだ……?)
プワゾモルティージュは、毒性が強いため扱いが難しいのだ。
普通の人間が、易々と行えるようなことではない。
「……理玖さん、少しいいですか?」
理玖の部屋の扉が、控えめな声と一緒に叩かれた。
声の主は、晴久である。
「……なに」
「今日は朝ご飯も昼ご飯も食べていないので、軽食を作ってきたのですが……」
病気の原因特定に熱中するあまり、食事をとることを忘れていたのだ。
時計を見ると、既に午後三時になっている。
食事をしていないことを意識すると、突然お腹が空いてきたように感じる。
「……入って」
「はい。失礼しますね」
野菜をたくさん挟んだサンドイッチと紅茶を持った晴久が、部屋に入ってくる。
「これでも食べて少し休憩してください。根の詰め過ぎは体に毒だと思いますので」
「……そうだね。貰うよ」
「はい。大和くんと美海ちゃんも、昨日の夜よりは元気になったみたいですよ。朝、少しだけ果物を食べました。この調子で、早くよくなるといいんですが……」
晴久の言葉を聞き、おしぼりで手を拭いていた理玖の動きが止まる。
「……君、二人の部屋に入ったの」
「はい。喉が渇くだろうと思いまして。あっ、ちゃんとマスクをして行きましたよ!」
「……体はなんともないの」
「この通り、元気です」
「そう……」
理玖は、紅茶を口に含みながら考える。
(二人の部屋に入ったのが朝ということは、既に数時間は経ってるはず……。昨日の二人がプワゾモルティージュを吸い込み発症するまでの時間くらいは、過ぎたんじゃないかな……。この毒に潜伏期間があったとしても……)
晴久は、屋敷で最も免疫力が低いのだ。
マスクをしていたとはいえ、彼が発症していないところを見ると――――――――――。
(……空気感染の線は薄いのかもしれない)
紅茶が入ったカップを持ったまま、理玖は考え込んでしまう。
理玖の邪魔をしないように、晴久は静かに部屋を出ようとした。
そんな晴久に気付いた理玖は、彼の背中に声をかける。
「……サンドイッチ、ありがとう。食べ終わったら台所まで持って行くよ」
「……はい! 理玖さん、あまり無理はしないでくださいね」
「……ああ」
晴久は、控えめな音を立てて部屋から出ていった。
理玖はサンドイッチを食べながら、思考の海へと飛び込むのだった――――――――――。