僕の知らない僕がいる
(あなた様と一緒だったからこそ、息子はここを離れることを嫌がったのですね)
(息子がニンゲンと暮らしているのは驚きましたが、あなた様なら納得です)
心は、目の前のアルパカたちが言っていることを理解できなかった。
どうして彼らは、心にここまで礼儀正しく接するのだろうか。
「僕のことを、知ってるの……?」
(知っているも何も……)
(……もしや、ご自分のお生まれをご存知ないのですか?)
「生まれ……? 僕は、小さな村で育ったけど……」
(……ご存知ないようですね。訳ありでしょうから、私たちから話すことはできません)
(ですが私たちにとって、あなた様は敬わねばならない存在なのでございます)
「そうなんだ……。よく、わからないけど……。二人は、ぱかおのお父さんとお母さん?」
(ぱかお、というのは私たちの息子のことですね。素敵な名前までいただいて……)
(いかにも。私たちはこの子の両親です。息子を連れ戻すべく、王都まで参りました)
「連れ戻す……? どうして……?」
(あなた様に隠し事はしたくありませんので、全て包み隠さず話させていただきますね)
(息子が巨大化した姿を、ご覧になられましたか?)
「……ん。見たよ……。大きかった……」
(私たちアルジャンアルパガは、成長するとあのように巨大化できるようになるのです)
(現に、私たちも……)
ぱかおの両親はそう言うと、体の形を変えていく。
その姿は、あっという間に先日見たぱかおよりも大きくなっていた。
「すごい……」
(ですがこの巨大化には、リスクが伴うものなのです)
(膨大な量の体力と精神力を消費しなければなりません)
「体力と、精神力……」
(息子も、普段とは変わったところがあったはずです)
(心当たりはありませんか?)
「ある、よ……。いつもよりたくさんご飯を食べるようになって、ずっと寝てた……」
(それらはどちらも、巨大化による弊害でございます)
(消費した体力を補うために行っていたのでしょう)
「じゃあ、僕の声に反応しなくなったのは……? 何を言っても、答えてくれないんだ……」
(それは、息子の精神が未熟だからでございます)
(私たちが巨大化したままでもあなた様と会話ができるのは、修業を積んだからです)
「修業……?」
(はい。先程も申し上げた通り、巨大化するには多くの精神力を消費します)
(未熟な者が巨大化すれば、自我を保てないことがほとんどなのです)
「あ……」
最近のぱかおは、明らかに自我を失っていた。
それは、精神が擦り減っていたからこそ引き起こされたものだったのだ。
二匹は元の姿に戻ると、話を続ける。
(心当たりがあるようですね。自我を失ったままの状態は、非常に危険です。このまま放っておけば、最終的には精神崩壊にも繋がりかねません)
(ですから私たちは、息子を連れ戻し修業をさせなければならないのです)
「それは、どこでやるの……?」
(人目につかない場所まで移動して行うことになるでしょう)
(ニンゲンを襲う可能性も、充分にありますので)
「そう、なんだ……」
二匹の言っていることは尤もだった。
だが、そのためにはぱかおと離れ離れになってしまう。
心は、今のままで別れることだけはどうしても避けたかった。
「……少しでもいいから、ぱかおを元の状態に戻すことはできない? ぱかおのために、修業が必要だっていうのはわかったけど……。このまま、何も話せずに別れるのは嫌だよ……」
(……それは難しい問題でございます)
(私たちは数週間、ずっと息子に戻って来るように訴えかけていました。ですが、それは叶わず……。息子の精神は、限界に達していると思われます。一刻も早く連れ帰らねば……)
突如、庭に低い唸り声が響き渡る。
その主は、いつの間にか巨大化したぱかおだった。
やはり、瞳に光は灯っていない。
だがそれは、いつもよりも獰猛な輝きを放っていたのだった――――――――――。