勝ちたい気持ちがあれば理由はなんでもいいんだ
蒼一朗と恵輔は、二人で帰路に着いていた。
恵輔から食事に誘われたのだが、夕飯を弟の大和と一緒に屋敷で食べる約束をしていた蒼一朗は、それを断った。
すると恵輔は、帰り道にあった自動販売機で缶ジュースを買って渡してくれたのだ。
二人は今、それを口にしながら歩いている。
「一つ、聞いてもいいかな?」
「なんすか?」
「どうして急に、入部してくれる気になったの? 案内を終えた時までは、全然そんな雰囲気じゃなかったのに」
「あー、それはなんつーか……」
蒼一朗は頭を掻きながら答える。
「……俺、どうしても走りで勝ちたい人がいるんすよ。今はまだ、負けてばっかりで。その人と部長さんのフォームが似てて、一緒に練習すれば何か掴めるような気がしたんす。……自分勝手な理由ですんません」
「謝らないでよ。理由はどうあれ、入部してくれたことが嬉しいから。そっか、そうだったんだね。だから僕に勝負を申し込んできたと」
「……うす。部長さんは、なんで駅伝部に?」
「うん?」
「こう言ったら失礼かもしれないんすけど、あんまり運動する雰囲気がないっつーか……」
「ああ、そういうことね。うーんと……」
恵輔は困ったように眉を下げると、話し出した。
「僕は通信兵なんだけど、これは僕が望んでいた部隊じゃないんだよ」
「……はあ」
「かっこつけるのも性に合わないから言っちゃうけど、適性試験で失敗してね。自分が希望する部隊に入れなかったんだ。通信兵も、もちろん楽しいよ。だけどやっぱりこれは、僕のやりたいことじゃないから異隊したくて。でも、軍の異隊に対する規律は結構厳しくてね。そのためには、誰からも認められるような功績が必要だそうだ」
「……それが、都市対抗駅伝での優勝ってことすか?」
「うん。元々走るのは好きだったから。……でも、自分の欲求のために走りを利用するなんて汚いよね」
「そうすか? 俺はそうは思いませんけど」
あっけらかんと言い放った蒼一朗に、恵輔は驚きを隠せない。
「目的のために手段を選ばないのって、普通のことだと思いますよ。俺だって、自分が速くなるために駅伝部の練習を利用しようとしてますし。それに……」
「なんだい?」
「俺は今日一日の部長さんしか知らないすけど、走るのが好きっていうのめちゃくちゃ伝わってきました。部の雰囲気がいいのも、部長さんのそういう気持ちがみんなに伝わってるんだろうなって」
「……柏木くん、それは褒め過ぎだよ」
「そうすかね? 練習中に他の部員の人に聞いたんすけど、前の部長が辞めた時に、みんなの推薦で部長に決まったんすよね。みんなも、俺と同じように感じてるからだと思いますよ」
「……なんだか照れちゃうなぁ」
「俺、嘘とかお世辞とか言わないんで全部本音っすから。……何はともあれ、明日からよろしくお願いします。優勝しましょう」
「……うん! ありがとう。君みたいな大型新人が入ってくれて本当に嬉しいんだ。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
二人はその後も、様々な話をしながら歩く。
お互いの声以外ほとんど何も聞こえない静かな帰り道で、飲み終えた缶ジュースをゴミ箱に捨てる音はひどく響いた――――――――――。