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透く花の色は  作者: 白鈴 すい
第三十一話 ライラックの香りを求めて
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守りたいもの

「遠野くん、ごちそう様。幸せな料理を、本当にありがとう」

「いえ。喜んでいただけて僕もとても嬉しいです」

「……いくつか質問したいことがあるのだが、いいだろうか?」

「はい。何でも聞いてください」


 晴久のスープを二杯完食した廉太郎は、すっかり満ち足りた表情をしている。

 なんとなく若返ったようにも見えるのだから不思議なものだ。

 もしかすると、クレアの涙のおかげかもしれない。

 単純に、廉太郎の気持ちの問題かもしれないが。


「では、まずは一つ目だ。その……。絢子さんは、元気にしているのかな?」

「祖母は……。数年前に、事故で亡くなりました……」

「そうか……。探しても見つからないはずだ……」


 少しの沈黙の後に、廉太郎が口を開いた。


「……君のような立派なお孫さんがいるのだから、きっと幸せな人生だったんだろうね」

「はい。僕の知る祖母は、いつも幸せそうに笑っていました」

「……絢子さんが幸せだったのなら、何よりだ」


 そう言うと廉太郎は、小さく微笑む。

 絢子が既に亡くなっていることへの悲哀は、それほど感じられなかった。


「……彼女の眠る場所を教えてもらっても構わないだろうか。墓参りをさせてほしい」

「勿論です。祖母は絶対に喜ぶはずです。後で住所を書いてお渡ししますね」

「ありがとう。では、次の質問だ。あのシレーナルムという食材は素晴らしい。もっと世に広めるべきだと私は思う。生息地や採集方法などを、ぜひ詳しく教えてもらいたい」

「それは……」


 晴久は、本当のことを伝えるべきかどうか迷った。

 話したところで、信じてもらえない可能性の方が圧倒的に高い。

 だが、もし廉太郎が晴久の話を信じれば――――――――――。


(……あの場所には、人間の手が入るようになるんでしょうね。シレーナルムを採るために、クレアさんや他の人魚たちが捕まってしまうかもしれません。それは、嫌です……)


 自分のせいで、クレアの溌剌とした笑顔を曇らせたくはない。

 そう思った晴久は、慎重に口を開いた。


「……ごめんなさい。それは、できないです」

「……ふむ。どうしてか、聞いてもいいかな?」

「……あの場所は、簡単に人が踏み入ってはいけない場所だと思うからです。そこに入ってシレーナルムを持ち帰った僕が言えることじゃないのはわかってます。でも、あそこには美しいまま、今までもこれからも変わらずにいて欲しい。だから、教えることはできません」

「……そうか。人の手が入れば、この食材は失われる可能性があるということだね」

「はい……」

「……わかった。このように素晴らしい食材が失われるのは、何よりも恐ろしいことだ。失われるくらいなら、世に広まらなくてもいいと私も思うよ。この質問は忘れてほしい」

「ご理解いただき、ありがとうございます……!」


 廉太郎は、自分の食欲を満たすためには手段を選ばないような美食家とは違う。

 本当に、この世界の料理、そして食材を愛しているのだ。


「では、最後の質問だ。君に何かお礼をさせてほしい。私に出来ることならば全て叶えよう。何か、私に望むことはないかな? 遠慮しなくていいから、好きに言いなさい」

「特にありません。僕の料理を食べて、桜庭さんが笑顔になってくれただけで嬉しいです」

「……即答か。君は本当に欲がないね。でも、それじゃあ私の気が済まないんだ」

「そう、ですか……」

「ああ。自分の店を持ちたいでも、最先端の機材を集めたいでもなんでも構わないよ」


 晴久は、少し考えてから口を開いた。


「では、僕から一つお願いがあるのですが……」


 晴久の願いを聞いた廉太郎は、驚きを隠せない。


「……本当にそれでいいんだね?」

「……はい! よろしくお願いします」

「……わかった。とても君らしい願いだ。その願い、必ず叶えよう」

「ありがとうございます!」


 二人は、笑顔で握手を交わした。

 こうして晴久の久々の単独任務は、無事に成功となったのだった――――――――――。

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