さっきまでの笑顔が嘘みたいだ
「もー! ハルヒサの話、全然泣けないよー!」
「ご、ごめんなさい……」
「だって楽しすぎるんだもん! アタシ、笑っちゃう!」
晴久はクレアに、今の人間の暮らしや自分の大切な仲間たちのことを話した。
クレアは始終にこにこと、とても楽しそうにそれを聞いている。
泣く素振りは、一切見受けられなかった。
「それにしてもすごいねー! あるぱか? だっけ? もふもふの子! アタシも触ってみたいなー! 海の中には、もふもふなんかないし……」
「確かに海の中には、動物みたいな柔らかさのものはありませんよね。この辺の海じゃ、シロクマもいないでしょうし……」
「あ~あ、残念。海藻やクラゲがふわふわしてることはあるけど、あれとは違うんだろうなぁ……。それにしても、動物と話せるシンって子はすごいね! まるでアタシたちみたい!」
「クレアさんたちみたい、ですか?」
「うん! アタシたち人魚も、海の中の生物とはおしゃべりできるんだよー!」
そう言うとクレアは、晴久には聞き慣れない言葉を話し出した。
どうやら、部屋の周りを泳いでいる魚たちに挨拶をしているようだ。
透明な壁越しに、その声は届いたのだろう。
魚たちは、まるで踊っているかのような仕草を見せる。
「すごいですね! かわいいです」
「でっしょー!? あの子たち、アタシの大事な友達なんだ! 人魚はちょっと特別な存在だから、他のみんなとは違うことができちゃったりするんだよね~! ハルヒサがここにいて息ができるのも、アタシのおかげだよ!」
「そうだったんですね。不思議だなぁとは思っていたんです」
海底に足が付いているのだから、ここはそれなりに深い場所なのだろう。
だが、クレアの部屋は透明な壁のようなもので囲まれており、水も入り込んでこなければ息が苦しくなることもなかった。
「ハルヒサには、友達がいっぱいいるんだね! 話を聞いた感じだと、アタシはソウイチロウって人が好みだな! 頼りがいのある、男らしい男が好きなの!」
「確かに、おじいちゃんはそういう男性でしたね」
「だよねだよね! そういえば、トモヒサは今何してるの?」
「あ……」
「もうおじいちゃんだけど、あいつのことだから元気なんだろうなー! まだ海に潜ってたりして!? ねえねえハルヒサ、次は家族の話を聞かせてよ!」
クレアの無邪気な笑顔が、晴久に向けられる。
晴久は、祖父がもうこの世にはいないことを伝えるかどうか迷った。
伝えれば、彼女の笑顔は間違いなく曇ってしまうだろう。
(僕が言わなきゃ、クレアさんはおじいちゃんの死を知らずにいられます……。でもそれって、すごく悲しいことじゃないですか……? 大切な人の死を知ることがないまま、このまま生き続けていくなんて……)
晴久は覚悟を決めると、重い口を開いた。
「おじいちゃんは数年前に、交通事故で死にました……」
「え……? 今、トモヒサが死んだって言ったの……? アタシの聞き間違い……?」
「……聞き間違いじゃありません。おじいちゃんはもう、この世にはいません……!」
「嘘でしょ……」
クレアの表情から、一瞬で笑顔が消える。
それを見ていることしかできない自分を、晴久はふがいなく感じるのだった――――――――――。