あなたの涙をください
「そういえばさ、ハルヒサはなんでこの海にいたわけ?」
すっかり元気になったクレアが、晴久に話しかけてくる。
「あの、僕、人魚の涙が欲しくて……」
「人魚の涙? なんでそんなのが欲しいの?」
「実は……」
晴久は、この海に来た経緯をクレアに説明した。
とある美食家が、想い出の味を探し求めていること。
それを完成させるには、人魚の涙が必要なのかもしれないこと。
晴久の話を、クレアは興味深そうに聞いている。
「……というわけなんです」
「なるほどねー! 確かにアタシ、昔トモヒサに自分の涙をあげたことある!」
「ほ、ほんとですか……!?」
「うん! トモヒサが帰っちゃうのが寂しくて、大泣きしたんだよね! それで餞別に涙をあげたんだ! どんな効果があるのかわかんないけど、ニンゲンにとっては貴重な物だと思ったし! アタシのことも忘れてほしくなかったからね!」
「僕にも涙をいただくことはできないでしょうか……!?」
「別にいいよー!」
「い、いいんですか……!?」
「うん! だって、アタシの勘違いでここまで連れてきちゃったわけだし。それに、トモヒサのことも教えてくれたしね。ハルヒサが来てくれなかったら、これからもずっとトモヒサのこと待ってたと思うんだ。だから、お詫びとお礼に涙くらいいくらでもあげるよー!」
「ありがとうございます……!」
「でもさー、どうやって泣けばいい?」
「あ、そうですよね……」
「トモヒサの時は、悲しくて勝手に涙が溢れてきたんだ。でも正直、ハルヒサはアタシのタイプじゃないからそこまでなんないだろうし……」
「な、なんかごめんなさい……」
「んーん。それにしても困ったねー……」
二人は考え込んでしまう。
泣くという行為を意識して行うのは、案外難しいものなのだ。
「とりあえずハルヒサ、なんか話してみてよ! 泣ける話があるかもしんないじゃん!」
「え……!?」
「今のニンゲンがどんな暮らしをしてるのかも知りたいし! なんでもいいから話して!」
「本当に、なんでもいいんですか……?」
「うん! 五十年ぶりにニンゲンのおしゃべりが聞けるんだから、アタシ超楽しみ!」
「……わかりました。じゃあ……」
晴久は、今の人間の暮らしや、自分がどのような生活をしているのかを語り出した。
その話を、クレアは瞳を輝かせながら聞いているのだった――――――――――。