優先されるべき想い
屋敷に戻った晴久は、すぐに自室へと駆け込んだ。
そして、一冊のノートを捲っていく。
(確か、最後の方に……。あ、ありました!)
目当てのページに辿り着くと、それを丹念に読み込んだ。
(桜庭さんが探してる食材は、きっとこれです……! 入手方法は……)
そこの項目に目を通した瞬間、何とも言えない表情を浮かべる。
(そうですよね……。だから僕は、今まで忘れていたんです……。……でもおばあちゃんは、嘘を吐くような人じゃありません。夢みたいな話でも、僕は信じます)
晴久が手にしているノートは、祖母が彼に残してくれたレシピ集だった。
王宮に赴く前日に読んでいたものである。
これには、レシピだけでなく稀少な食材についての情報も記されていたのだ。
晴久はもちろん、このノートを何度も読み返している。
どうして、ここに至るまでに時間がかかってしまったのだろうか。
それは、この食材の入手方法に関係がある。
あまりにも現実離れした手段であるため、結び付けて考えることができなかったのだ。
そんな晴久の記憶を呼び起こしたのは、廉太郎が零した一言である。
(……僕のおばあちゃんの名前は、絢子です。桜庭さんが昔食べた料理というのは、きっとおばあちゃんが作ったものなんです……! 桜庭さんがその料理を食べた地域は僕の故郷とは違ったので、全く気が付きませんでした……)
晴久の祖母は、絢子という名前だった。
廉太郎に確認してはいないが、恐らく同一人物だろう。
何らかの理由で、絢子は廉太郎のいる街に来ていた。
そこで偶然振る舞った料理が、廉太郎の心を今なお掴んで放さないのだ。
何度か食材の情報が記されているページを読んだ後、晴久は静かにノートを閉じた。
(早速、食材を調達しに行きましょう。おとぎ話みたいでも、僕はおばあちゃんを信じます)
そう決意したものの、すぐに頭を抱えることになる。
(でも、どうすれば……。僕だけじゃ、この場所に辿り着けるかどうかもわかりません……。だからといって、皆さんに頼るのは……。これは、僕が受けた仕事なのに……)
悶々としていると、晴久の部屋の扉がノックされた。
「はい……?」
「あ、ハルくん。大丈夫? 慌てて帰ってきたみたいだから気になっちゃって」
扉の外から聞こえたのは、透花の声だった。
晴久は扉を開けると、自室に透花を招き入れる。
「騒がしくしてごめんなさい……。大丈夫です……」
「……どうかしたの? 私でよければ、話を聞くよ」
いつもよりも元気がない晴久の様子を見て、透花が優しく声をかける。
晴久は、今回のことを話すかどうか迷った。
やはり、受けた仕事を自分の力でやり遂げたい想いがあったからだ。
(……でも、僕には時間がありません。一週間以内に食材を調達して、スープを完成させなければならないんです。僕よりも、廉太郎さんの気持ち優先に決まってます……!)
そう思い直した晴久は、口を開く。
「あの、透花さん……! ぜひ、皆さんに力を貸してもらいたいことがあるんですが……!」
一生懸命話す晴久を、透花は嬉しそうな表情で見つめるのだった――――――――――。




