憧憬の味
「……そこで、私は出会ったんだ。あの、輝かんばかりに美しいスープに……」
廉太郎の話を聞いていた晴久は、あることに気付いた。
(気難しい方って聞いてたから心配だったんですが、全然そんなことないです。桜庭さんは、ただ自分の思い出の味を追い求めてるだけなんですね)
皺の刻まれた顔を綻ばせながら、廉太郎は嬉々として語る。
彼は決して、一流シェフたちの味を拒否したわけではない。
どの品も美味だが、自分の思い出の味ではないとはっきり言っていただけなのだ。
それがいつの間にか、気難しい人物だという噂になり独り歩きしていたようだ。
(どうにか、その思い出の味をもう一度食べてもらいたいものですが……)
まるで少年のような笑顔を浮かべながら語る廉太郎を見て、晴久は強くそう思った。
「……私がそのスープを食べた時の話はこれで終わりだ。何か質問はあるかね?」
「では、いくつか聞いても大丈夫ですか?」
「構わないよ。なんでも聞きなさい」
「ありがとうございます。まずは……」
晴久は、廉太郎がその料理を食べた時の状況を事細かに聞いた。
季節や材料、見た目や香りなど、多くの情報を得る。
「基本的には、君に作ってもらった魚介入りトマトスープがベースだよ。だけど、あれではない……。あれも確かに美味しいんだが、何かが足りないんだ……」
「そうなんですね……」
晴久は情報を、ノートに記していく。
「そういえば先程、輝かんばかりに美しいスープだったと言っていましたが……」
「……ああ。当時の私にはそう見えたという話だよ。本当に輝いていたわけではないと思う。もう何十年も昔の話だから、どんどん記憶があやふやになってきているんだ……」
「……それは、悲しいですね」
「でも、あの味だけは絶対に忘れないさ。死ぬまでにもう一度、なんとか食べたいものだよ」
そう言って切なく笑う廉太郎を見ると、晴久は胸が苦しくなった。
「お、思い出の味に少しでも近付けるように精一杯お手伝いさせてもらいます!」
「ああ、よろしく頼むよ。経費は全てこちら持ちだから、好きにやりなさい」
こうして晴久は、廉太郎の求める料理の再現に挑戦することになったのだった――――――――――。