終幕
透花と柊平が倉庫に戻ると、犯人の男たちは蒼一朗によって柱に括り付けられていた。
これでは、簡単に逃げ出すことはできないだろう。
「蒼一朗さん、お待たせ」
「おう。……他の仲間はどうした?」
「……すまない。取り逃した」
「……あっ、そう」
蒼一朗の打撃を腹部に受けた男は、未だに意識を取り戻していないようだ。
透花は、もう一人の方に近付いていく。
「あなたにいくつか聞きたいことがあるのだけれど、いいかな?」
「……へっ。俺がそれに答えるとでも思ってんのかよ?」
「ううん。でも、こちらが質問しても損はないからね」
「けっ……。いいぜ。聞くだけ聞いてやるよ」
「では、一つ目。あなたたちの組織の目的は何?」
いきなりの核心を突く質問に、男は驚きで目を見開いた。
「てめえ……。俺たちのことをどこまで知っていやがる!?」
「今のところは、特に何も。あなたたちが子どもを攫っていることくらいしか知らないよ。攫った子どもたちを、どうしているの?」
「……答える義理はねえな」
「そう。組織の規模や、本拠地を聞いても教えてくれないよね」
「……たりめーだろ。俺は、仲間を売るようなことはしねえ」
「じゃあ、質問を変えるね。その腕の刺青は、組織の一員である証かな」
男の腕には、刺青が彫られていた。
隣で気を失っている男にも、同様のものが見られる。
「……それくらいなら教えてやるよ。答えはイエスだ。珍しい形だからな。これを見たら、ほぼ組織の人間だと思って間違いないぜ」
「……そう」
透花は、その刺青に見覚えがあった。
だが、それを心の中に仕舞うと話を続ける。
「蒼一朗さん、聞きたいことがあったらどうぞ」
「……いいのか?」
「うん。でも、殴ったりしないでね」
「……わーってるよ」
蒼一朗は緊張した面持ちで男に近付くと、口を開いた。
「……お前たちの組織は、殺しもすんのか?」
「……基本的にはしねえよ。子どもを攫うだけだ」
「基本的にはっつーことは、する場合もあんだな……?」
「……そうだな。邪魔する奴は、始末する場合もあっ……」
ここで、男は次の言葉を紡げなくなる。
蒼一朗が、男の胸倉を掴んだからだった。
「……蒼一朗さん」
「……わかってる。殴りはしねえ」
「ぐっ……。あんた、うちの組織に家族でも殺されたのか……?」
胸倉を掴まれたまま言った男を、蒼一朗が睨む。
瞳とは、時に言葉よりも雄弁なものだ。
「そっか……。そりゃあ、運が悪かったとしか言いようがねえな……」
「……なんだと?」
「……さっきも言ったように、基本的に殺しはしない。子どもを攫うよりも遥かにリスクがでかいし、そこまでの技量を持った奴は少ないからな。現に俺は、殺しはしたことないぜ」
「………………………………」
「……でも、何人かいるんだよ。人を殺すことに精通してる奴らが。あんたの親は、そいつに当たっちまったんだろ。残念だっ……」
「……黙れ。もう、これ以上喋るんじゃねえ」
再び声を遮ると、蒼一朗は先程よりもきつく男の胸倉を締め上げた。
外からは、軍用車のサイレンの音が聞こえてくる。
「……蒼一朗さん、そこまで。時間切れだよ。ここからは、私たちの仕事じゃない」
「……どういうことだよ」
「私たちの仕事は、犯人を捕まえて琉生様の安全を確保するまで。それ以降のことは、軍本部に任せよう。そこで尋問を受ければ、更なる情報を話すかもしれない」
「くそっ……!」
蒼一朗は悔しそうに言うと、男から手を放した。
様々な感情がごちゃ混ぜになっているのだろう。
彼の拳は、小刻みに震えていた。
そのような状況の中で、倉庫の扉が開かれる。
どうやら、軍本部の者たちが到着したようだ。
「ご苦労様です。琉生様は隊車で保護しています。犯人は、こちらの二名です」
「ふん……。連れて行くぞ」
「はっ!」
やって来たのは、王宮で透花と言い争いになった責任者の男だった。
だが、今回は完璧に透花と一色隊のお手柄である。
それを分かっているからこそ何も言わず、部下と一緒に犯人を連れて倉庫を出て行く。
「じゃあ、私たちも帰ろうか」
「……はい」
「……ああ」
透花たち三人も、誰もいなくなった倉庫を出る。
こうして、誘拐事件は幕を閉じたのだった――――――――――。