三十六計逃げるに如かず
透花は、理玖と湊人が待つ車へと三人を送り届けた。
念のため理玖に診てもらったが、大きな怪我もなく特に衰弱もしていない。
縄で縛られていたところが赤くなっていたため、そこの応急処置が行われた。
理玖と湊人に子どもたちを任せると、そのまま柊平を探しに行く。
「柊平さん」
「隊長……」
柊平を見つけ声をかけたものの、彼の表情は優れない。
「……申し訳ありません。犯人を取り逃しました……」
そう言って、頭を下げた。
海の上に浮かぶ残党が乗っていると思われる船は、少しずつ小さくなっていく。
(あれ? あの子……)
遠目で船を観察していた透花の目に、とある人物が映し出される。
今回の事件の犯人の一人が、甲板に立っていたのだ。
それは、透花にとって見覚えのある少年だった。
(……でも、こんな遠目じゃよくわからない。私の見間違いかもしれないし)
透花は心の中で自分を納得させると、柊平の肩に優しく触れ顔を上げさせた。
「柊平さん、逃げられちゃったものは仕方ないよ。琉生様も美海ちゃんも大和くんも、みんな無事だった。それだけで充分だと思わない?」
「しかし……!」
「倉庫の中にいた犯人は、無事に捕まえられたしね。その二人から、逃げた仲間に関する情報を聞き出そう。そしていつか、一網打尽にすればいいんだよ。ね?」
透花はそう言うが、柊平の心の霧は晴れなかった。
(琉生様は確かにご無事だった……。だが私は、犯人を取り逃がしたという隊長が叱責される理由を作ってしまった……。どうすれば……)
未だに下を向いたままの柊平の頬を、透花が人差し指で突いた。
その行動に驚いた柊平は、思わず顔を上げてしまう。
「柊平さん、深く考え過ぎ。私のことを心配してくれているのだろうけれど、平気だよ。それより、早く蒼一朗さんのところに行こう。軍本部に引き渡すまでにせっかく捕まえた犯人に逃げられたら、それこそ責任問題になっちゃうかもしれないからね」
透花はそのまま、倉庫に向かって歩き出した。
柊平の中にあるモヤモヤとした感情は消えていない。
だが、彼女の言う通りになる方が恐ろしい事態だと気付き、すぐにその後を追うのだった――――――――――。