最悪の心当たり
「相手に気取られるわけにはいかないから、サイレンは点けずに行きます。柊平さん、法律を守った上でのギリギリのドライビング、期待しているよ!」
透花に言われた通り、柊平は法定速度の限界までスピードを上げていた。
そして、するすると車と車の間を抜けて前に進む。
しかし、車に乗っている者の体にかかる負担はほとんどない。
相変わらず、見事な運転技術である。
「……透花さん、ちょっといいかな」
「湊人くん、どうしたの?」
「……少し前から、犯人が動かなくなったんだよね」
「……発信機に気付かれて外されていたら最悪だね。ちなみに、動かなくなった場所は?」
「……少し待ってね。ここだ。南に15キロくらい行った所にある港の倉庫だよ」
「倉庫なら、発信機を外されたというよりもそこが犯人の拠点だと考えた方がいいかもね。でも、嫌な予感がする……。もしかして、港から船に乗って逃げるつもりじゃ……?」
「え、でも彼らは誘拐されたんでしょ? 普通こういうのって、身代金目的だと思うけどね。子どもを連れて、ただ単に逃げるなんて……」
湊人の言葉を聞き、蒼一朗の顔色が変わる。
「まさか……!?」
「……私も蒼一朗さんと同じことを考えていたよ。身代金の要求などはなく、子どもを連れて逃げるだけ。私はそんな誘拐組織に、心当たりがある」
蒼一朗は、自分の掌をギュっと握った。
両親の仇かもしれない組織に、大切な弟が捕らわれている。
こうでもしないと、自分を抑えられないのだろう。
「……彼らの目的をはっきりさせないといけないね。待機組に連絡してみます。一般的な誘拐犯ならば、そろそろ身代金の要求があってもおかしくない時間だから」
そう言うと透花は、虹太へと通信を繋ぐ。
「あ、虹太くん。そっちの様子はどうかな。何か新しい情報は入った?」
『ううん、ぜーんぜん! 犯人側からの要求がないから、むしろ困ってるみたいだよ』
「……わかった。ありがとう。何かあったらすぐに連絡してもらえるかな」
『はーい!』
透花は、神妙な面持ちで通信を切った。
「……今回のことは、単なる誘拐事件だと思っていました。琉生様のように身分の高い子どもを誘拐すれば、莫大な身代金を要求できるからね。でも、現時点で何も要求がないのでこれは違ったみたい。さっき湊人くんは、子どもを連れて逃げるだけの誘拐犯なんていないって言ったよね。……だけど、私はそういうことをする誘拐組織に心当たりがあるの」
ここで透花は、蒼一朗の様子を窺う。
だが、彼は俯いてしまい表情を確認することはできなかった。
「……これから、その組織について説明します。その前に、柊平さん。一刻を争う状況になってきたので、もう少しスピードを上げてもらえるかな」
「……努力いたします。しっかりと掴まっていてください」
柊平は、更にギリギリのところまでアクセルを踏み込む。
透花は目的地に着くまでの間に、柊平、理玖、湊人へ誘拐組織についての説明を行った。
……蒼一朗の過去については、一切触れずにだ。
話が終わる頃には、彼らが目指していた倉庫はもう目の前に迫っていたのだった――――――――――。