遠い背中
「私の勝ちー!」
「くそっ……」
僅差だったが、今日も透花が勝利した。
「今日も、俺の、負けかよ……」
蒼一朗は、息も絶え絶えに言う。
「でも蒼一朗さん、はじめて私と走った時に比べたら格段に速くなっているよ。私が負ける日も近いかもね」
「その分、そっちだって速くなってんじゃねぇか……。あー、負けた負けた!」
掴もうとする手をすり抜け、常に一歩先を行く。
蒼一朗にとって、透花の背中はそのように見えている。
「ボヌールのチョコだろ? 早く行かないと、人気の商品はなくなっちまうんじゃねぇか? とっとと行こうぜ」
蒼一朗は、自分が口にした約束は絶対に守る潔い男だった。
透花は、彼のそのような面を気に入っているのだ。
「そのことなのだけれど、全く別のものに変えてもいい?」
「別にいいけど」
「じゃあ明日、仕事が終わったらここに行ってみてくれる? 新しい任務です」
「……なんだよこれ」
透花から渡された紙には、簡単な地図と目的地の名前が記されていた。
「詳細を言ったら蒼一朗さん嫌がるかもしれないから、現地に着くまでは内緒です。まぁ、さっき賭けに負けたので今回は拒否権はなしってことで。私の背中を掴むためのヒントがある場所かもしれないってことだけ教えてあげよう」
そう言うと透花は、柔らかいがどこか意地悪な笑みを浮かべた。
「……もしかしてこれ、高いチョコ奢った方が断然楽なパターンじゃね?」
「さあ、どうだろうね? どっちを楽と思うかは、蒼一朗さん次第だと思うよ」
こうして蒼一朗は、翌日謎の場所に行かなければならない羽目になったのだった。