いつか離れるその日まで
「柊平さん、眉間に皺が寄っているよ」
柔らかな声と眉間への軽い衝撃によって、私の意識は現在へと引き戻された。
目の前には、隊長がいる。
……どうやら、眉間の皺を指で突かれたようだ。
「……申し訳ありません。少し、呆けていたようです」
「謝ることじゃないよ。人間、誰にでもぼーっとする時間は必要だもの。……でもこの夏は、そういう表情をしていることが多いね。私と一緒に働いてすぐの時は、よく柊平さんの眉間の皺を見たなぁ。最近は減ったと思っていたのだけれど……。何かあった?」
……本当にこの方は、他人をよく見ている。
隊長の部下になってすぐの頃は、彼女とどのように接すればいいのかわからなかった。
それが、自然と表情に出ていたのだと思う。
……だが、今は違う。
この優しい日常がいつまでも続いて欲しいと願う半面、皆を騙し続けなければならないことを負担に感じる自分がいるのだ。
……これを、隊長に悟られるわけにはいかないが。
私はあくまでも、スパイなのだから――――――――――。
「……ご心配をおかけしました。特に、何かがあったわけではありません」
「そう? それならいいのだけれど、何かあったらいつでも相談してね」
「……親身なお言葉、ありがとうございます」
隊長は、いつも通りの優しい笑顔を私に向ける。
ああ、心が痛い……。
「柊平さんも、よかったら庭に出てみない? 今日は、風が涼しくて気持ちいいよ」
「……はい。お供いたします」
「さっきまで、みんなで缶蹴りをしていたの。今は、水分補給も兼ねてみんなで休んでるんだ。休憩が終わったら、柊平さんも一緒にやらない?」
「……ルールが曖昧なのですが、大丈夫でしょうか?」
「柊平さんなら、すぐに覚えられるよ」
「……では、やってみます」
「うん。そうこなくっちゃね! じゃあ、行こう」
そう言うと隊長は、庭に向かって歩いていく。
……私はいつか、ここを離れて自分のあるべき場所へと帰らなければならないのだろう。
だから、その時までは……。
(その優しい笑顔を、私に向けていてください……)
そんなことを考えながら、私は隊長の背中を追って歩き出した――――――――――。