逃げることしかできなかった俺を許して
それから、俺の生活は一変した。
……ピアノを弾けないと、することがないんだよね~。
暇で暇で仕方なくて、元気のない俺にクラスの人たちが声をかけてくれた。
「虹太、一緒に出かけようぜ!」
「……出かけるって、どこに~?」
「いつもピアノの練習があるからって、全然うちらと遊んでくんなかったじゃん! 怪我してる時くらい付き合ってよ!」
「別にいいけど……」
俺、お坊ちゃまだけどごく普通の高校に通ってたんだよね。
見た目が派手だったからか、友達にもチャラ男やギャルが多くてさ。
みんなに連れられて、初めてカラオケやゲーセンに行ったよ。
絶対音感があったし、一度聴いた音楽は忘れないからカラオケは得意だった。
でも、ゲームはぜーんぜんダメ!
クレーンゲームだけ得意なのは、この時に通って練習したからなんだよね~。
……骨折が治っても、この生活は変わらなかったよ。
もちろん、リハビリには通ってた。
……完璧に諦めたら、俺は終わっちゃうって思って。
でも、ピアノを弾くことはできなかったんだ。
何回も、ピアノの前には立ったんだよ。
だけど、もし弾いてみて……。
前みたいに弾けないって現実を突き付けられたら、俺はどうなるの……?
きっと、正気ではいられないよ……。
……だから俺は、ピアノから逃げたんだ。
奏太くんと透花さんのおかげでまたピアノと向き合えるまで、鍵盤を触ったことはない。
……それでも音楽を捨てられなかった俺は、アコギを弾くようになる。
別にプロのギタリストになりたいわけじゃない。
ただ、音楽に触れていたいだけだった。
それくらいなら、ギターを弾く分にはなんの問題もなかったんだよね。
あと、俺の怪我は思ってたよりも深刻なものじゃなかったみたい。
実際ピアノを弾いてみたら指は鈍ってたけど、そこまで怪我の影響は感じなかったもん。
これならもっと早く弾いてみればよかったなぁとか、何年間もムダにしたなぁとか、考えないこともなかったよ。
でも、俺にとってピアノから離れた数年間は必要だったんだと思う。
そのおかげで俺を支えてくれる人たちのありがたみと、プロになることが全てじゃないって気付けたしね。
今は、ピアノを弾けるだけでほんとに楽しいんだ!
俺は、俺なりに音楽と向き合っていこうって思えるようになったんだよ☆
だけど、それはあくまでも”今”の話なんだよね~。
……高校生の頃はそんな風に考えられなくてさ。
俺に新しい楽しみを教えてくれた友達や、怪我をしてからはより愛情を注いでくれた両親や家の者たちは、ピアノが弾けた頃の俺を知ってる。
それが、だんだん息苦しくなってきちゃって……。
俺は王都の大学を受験して、高校卒業を機に家を出ることにしたんだ。
そこで運命の再会が待ってるなんて、思いもよらなかったよ――――――――――。