日常の最期
ライブが終わると、俺は帰ろうとしている透花さんに声をかけた。
「お姉さん! 待って~!」
「……私、かな?」
「そうだよ~☆ 今日は俺のライブを聴いてくれてありがとう! 初めてだよね?」
「うん、そうだよ。たまたま通りかかったら素敵なことが始まりそうだったから寄らせてもらったの。少しだけ、って思っていたのだけれど結局全部聴いちゃった」
「わ~♪ 楽しんでもらえたみたいでよかった!」
「こうた兄ちゃん、ナンパかよー!」
「ほっほっほっ。若いっていいのう。儂も五十年前は……」
みんながなんか言ってたけど、そんなこと気にしなーい!
透花さんはとても柔らかくて、話しやすい人だった。
「気軽にリクエストくれてよかったんだよ~。俺、大抵の曲なら弾けるし!」
「みんなからのリクエストを聴いているだけでも楽しかったよ。普段はピアノといえばクラシックしか聴かないから、とても新鮮だった」
「クラシックが好きなの?」
「うん。よく聴いているよ」
「それなら……!」
俺は、急いで自分の荷物から明日のコンクールのチラシを取り出す。
そして、それを透花さんに手渡した。
「明日このコンクールに出るんだ~。クラシックの曲を弾くからよかったら聴きに来て☆」
「わあ、ありがとう! これって、普通の人でも入れるの?」
「もっちろーん! 一般の人も入れるよん♪」
「じゃあ、伺わせてもらうね」
「うん! 俺、優勝するから見ててね~」
「ふふふ、わかった。今日は素敵な演奏をありがとう。明日も楽しみにしているね」
「ありがとう☆ ばいばーい!」
「ばいばい」
こうして俺は、透花さんの背中を見送ったんだけど……。
「……あー!!! 名前聞くの忘れた!!」
「こうた兄ちゃん、マヌケだなー。普通忘れるか?」
「いや、忘れんな。あんな別嬪さん、そうはいないぞ」
「……もう、みんなひどーい!!」
「あはははは! 兄ちゃんって、ほんと音楽以外はダメダメだよな!」
「それでこそ虹太ちゃんって感じだがな!」
「……褒められてないってわかってるけど、俺はポジティブに受け取っちゃうからね~!」
俺はみんなからの愛ある冷やかしを聞きながら、エレピを片付ける。
この時は、思ってもなかったんだ。
……こんな日常が、あっという間に失われることになるなんて。