この人しかいない
この鉱山には、定期的に軍から視察の人間がやって来るんだ。
僕たちが、非人道的な扱いをされてないかどうか確かめるためらしい。
……でも、どいつもこいつも本当にボンクラだよね。
生気のない僕たちの顔を見ても、何もせずに帰っちゃうんだから。
多分、この鉱山の責任者あたりから金でも渡されてるんでしょ。
結局、世の中金なんだよ……。
一人でいい、一人だけでいいんだ。
僕の話に耳を傾けてくれそうな人が来てくれれば……。
「ここが採掘現場になります。一色隊長のお召し物が汚れてしまわないか心配ですが……」
「お気になさらないでください。この目できちんと見ておきたいので」
その人は、突然現れた。
薄汚いこの場所に似合わない、真っ白な軍服を翻しながら。
軍人というには似つかわしくない美貌に、僕は一瞬だけ見惚れてしまったよ。
隣には、同じような軍服を着た二人の男が控えてる。
一人は、ガッチリとした体型で背が高い男だ。
もう一人は、片目を髪の毛で隠してる小柄な少年で……。
さっき隊長と呼ばれていたから、この人はきっと偉いんだろう。
でも、そんなことを気にする様子もなく二人の部下に話しかけているし、部下の方も砕けた口調でそれに対応していた。
(この人だ……。この人しかいない……!)
僕は、なんとなくそう思った。
この人を逃せば、もう僕は一生ここから出られない……!
そんな時、急にその人と目が合った。
彼女は、穏やかな口調で僕に話しかける。
「すみません。こちらでどういう生活を送られているのか聞かせていただけませんか?」
「い、一色隊長! それならば先程こちらか申し上げましたが……!」
「はい、確かにお聞きしました。ですが私はあなた方のような上の立場の者の話ではなく、実際に働かれている方の話が聞きたいのです。何か不都合がありますか?」
「い、いえ……。そんなものはありませんが……」
鉱山の責任者が、慌てた様子で言葉を紡ぐ。
話されたら困るようなことが、山ほどあるからねぇ。
そいつは、僕に無言のプレッシャーをかけてきた。
余計なことを言うな、言ったらどうなるかわかってるよな。
その眼は、まるでそう言ってるようだったよ。
……だけど、僕はこのチャンスを逃すつもりはない。
家族もいない、帰るような家もない、僕にはもう失うものなんてないんだ……!
「……一色隊長」
「はい。なんでしょう?」
「聞いていただきたい話があるのですが……」
「はい。どうぞ。その前に、あなたのお名前をお聞きしてもいいですか?」
「……二階堂湊人と申します」
「二階堂さんですね。先にお名前を伺うような、不躾な真似をしてしまい申し訳ありません。私の名前は一色透花です。王都にて、隊長という役職を王より授かっております」
これが、僕と透花さんの出逢いだよ。
僕は労働者たちが劣悪な環境で働かされていること、そしてスフェーラマセを用いた作業効率アップについて説明した。
今までの人生で、こんなに真面目に僕の話を聞いてくれた人はいたかな?
そう思うくらい、透花さんは真剣に聞いてくれたんだよね。