旅立ちには寂しさがつきものだ。
「……治療は終わったよ。薬を飲んだから、少しずつだけど体調はよくなると思う」
僕が透花さんと話していると、理玖さんが寝室から出てきた。
「あの、ありがとう……」
「……お礼なんていいから、早く行ってあげて。君のこと、呼んでる」
僕は、寝室に入る。
早く、さっきまでのことをお母さんに伝えなきゃ……!
「お母さん……」
「心、心配かけてごめんね。もう大丈夫よ」
そう言ったお母さんは、目元が赤い。
でも、さっきまでとは違って顔色がよくなってる。
僕はほっとしながら、ベッドの枕元にある椅子に座った。
……お母さんの膝にもたれかかるみたいに、美海が突っ伏して寝てる。
「美海、寝ちゃったの……?」
「ええ。頑張ってお手伝いしてくれたから、疲れちゃったみたい」
「……そっか。あのね、お母さん……」
僕は、透花さんと話していたことをお母さんに伝えた。
王都で暮らせばこんなひどい目に遭わなくて済むんだよ、だから引っ越そうって。
お母さんも、絶対に喜んでくれると思ったのに……。
「……心、残念だけどお母さんは一緒に行けないわ。美海と二人でお世話になりなさい」
お母さんは、寂しそうな笑顔でそう言ったんだ。
「なんで……? 僕は、みんな一緒に王都で暮らしたいよ……」
「……お母さんは、この村を離れたくないのよ」
「どうして……?」
「……お父さんが戻ってきた時に、家に誰もいなかったら困るでしょう?」
どうしてお母さんは、そんなことを言うの……?
お父さんは、僕たちを捨ててこの村を出て行ったのに……。
「お父さんと結婚しなかったら、お母さんは病気にならなかったんだよ……?」
「……そうね」
「それなのに、なんで……!? 僕たちが村の人たちにひどいことをされたのも、全部お父さんのせいじゃないか……!」
……生まれて初めて出した大きな声に、お母さんは驚いてたと思う。
それは、叫びに近かった。
「ご、ごめんなさい……」
「いいのよ。あなたがそう思うのも仕方のないことだとわかるから。でもね、お母さんはなんとなくわかるの。今は離れて暮らしているけれど、気持ちは繋がってるって」
「そんなの、僕にはわからないよ……」
「……心には、特に辛い思いをさせたものね。今は、わからなくて当然だと思う。だけど、いつかきっとわかるわ。お父さんは、今でも家族を愛してくれていることが」
……そう言って優しく笑うお母さんの顔を見たくなくて、僕は顔を背けた。
「……でも、僕は王都に行きたい。この村以外の世界を、見てみたいよ……」
「お母さんもそうした方がいいと思う。美海と二人で、外の世界を見てらっしゃいな」
「……美海はまだ小さいんだから、お母さんと離れて暮らすなんてできないよ……。絶対にこの村に残るって言うと思う……」
「……そうね。でもそれは、きっと美海のためにならないわ。王都で暮らした方が、この子は幸せになれる。……あなたたちが出かけてる間にね、一色さんと話をしたの」
「透花さんと……?」
「ええ。彼女になら、あなたたちを任せてもいいと思えたわ。美海も、最初はお母さんと離れることを嫌がるかもしれない。でももう少し大人になれば、ちゃんとわかるはずよ。自分にとってどこで暮らすのが一番いいか。だからそれまで、あの子のこと守ってくれる?」
「……わかった。手紙、書くね」
「楽しみにしているわ。お母さんも、返事を出すわね」
僕は自分と美海の荷物を纏めると、この日のうちに村を出た。
美海のことは起こさずに、柊平さんに抱いて移動してもらう。
起きたら、絶対にごねるってわかってるから……。
こうして、王都での暮らしが始まったんだ――――――――――。