その幸せは、あっという間に過去になる。
その日は、突然やってきた。
美海が生まれて、すぐだったと思う。
お父さんと同じように浅黒い肌に赤い瞳の男の人が、うちを訪ねてきたんだ。
「……探しましたよ」
「……見つかってしまったか」
「……すぐにでも戻っていただかないと困ります。国が……」
「……だけど、今の俺には家族がいるんだ」
「……後ろにいるのは、あなたの子ですね」
男の人は、視線を下げて僕を見る。
僕は、お父さんの腰にギュっと抱き付いた。
「……あなたの血を継いでいるのが、一目でわかります。子どもは、彼だけですか?」
「……いや、生まれたばかりの娘がいる。だが、肌も黒くなければ瞳も赤くはない」
「……そうですか。では、娘さんは諦めてください。彼だけなら連れて行けますよ」
「だが俺たちは四人家族だ……! 妻と娘だけを置いていくことは……!」
「……別に、連れて行っても構いません。ですが、彼女たちがどういう目に遭うかあなたならわかるでしょう。ここに残していく方が、賢明なのではありませんか?」
男の人の言葉を聞いて、お父さんは何かを諦めたような顔になった。
……強いお父さんのあんな表情を見たのは、初めてだったと思う。
お父さんは、両手で僕の肩を掴むと話し始めた。
「……心。よく聞きなさい」
「……なに?」
「……お父さんは、この家を出て行かなければならない」
「……なんで?」
「……ごめんな。それは言えないんだ。心だけなら連れて行けるんだが、お前はここに残ってお母さんと美海を守ってくれないか?」
「……お父さんは、いつ帰ってくるの?」
「……心、ごめん。離れていても、俺はお前たちのことをずっと愛しているよ」
お父さんは僕から視線を外すと、男の人と向き合う。
「……行こう」
「いいのですか? 奥方様に挨拶をする時間くらいなら、待ちますが」
「……いいんだ。顔を合わせると、別れがたくなるとわかっているからな」
「……わかりました。息子さんも、連れて行かなくて本当にいいんですね?」
「……ああ」
「……では、参りましょう」
お父さんと男の人は、そのままうちを出て行く。
「お父さん……! どこに行くの……!? なんで行っちゃうの……!?」
「………………………………」
「待って……! 行かないで……!」
僕の叫びもむなしく、お父さんは家を出て行ってしまった。
僕も急いで外へ出て探したけど、もうお父さんの姿はどこにもなかったんだ――――――――――。