結局僕は、君から離れられないんだ。
……お茶でも淹れようかと思ったけど、やめた。
僕の家には、一人分の食器しかないからだ。
……この家に戻ってきて掃除をした時に、自分以外の分は処分してしまったんだった。
テーブルを挟んで、彼女の向かいに座る。
……昔は、少しでも近くにいたくていつも隣に座ってたけどね。
僕の行動に彼女が少しだけ目を伏せたような気がしたけど、きっと僕の勘違いだろう。
「……理玖、大きくなったね。髪も、すごく伸びた」
「……あれから、何年経ったと思ってるの。そんなこと当たり前だろう」
「……そうだね」
「……思い出話をしに来ただけなら、今すぐ帰ってくれないか」
僕の口から出た冷たい言葉に、彼女も、僕自身も驚いた。
まさか僕にこんなことを言われるなんて、思ってもいなかっただろう。
……僕も、彼女にこんなこと言う日がくるなんて思ってもみなかった。
僕の胸の中には、どうしようもない嫉妬心が渦巻いていたんだ。
(君の後ろにいた男は、誰? どうして君と一緒にいるの?)
……離れて暮らしていても、彼女にとって特別な男は僕だけだと思い込んでいた。
僕にとって、特別な存在が彼女だけのように。
……思い違いもいいところだ。
彼女にとって僕は、長い時間の一時を一緒に過ごした存在に過ぎないんだ。
「……理玖に、大切な話があってきたんだよ」
「……なに」
「春から、王都で隊長という立場に就いているの。それで、私の隊に入ってほしくて……」
彼女の話を要約すると、こういうことだった。
彼女は数か月前に、王から隊長という立場を授かったらしい。
隊員に就いては好きに選んでいいと言われたから、僕に声をかけに来たそうだ。
「わがままを言っているのはわかっているのだけれど、理玖さえ嫌じゃなければ……」
「……いいよ」
「え……?」
……僕は、即答していた。
隊員たちは原則的に彼女と一緒に暮らすことになっているが、今はまだ先程の男しかいないので二人で暮らしているそうだ。
……こんなことを聞いて、じっとしていられるわけがない。
彼女の口からその話が出ただけで、僕は頭がおかしくなりそうだ。
「……別にいいって言ってるんだけど」
「……理玖、ありがとう」
彼女は、柔らかな笑みを浮かべて言う。
(……ああ、僕が大好きな彼女の表情の一つだ)
しみじみと、そんなことを思った。
「……持ち込みたい資料や植物が多いから、準備に時間はかかるけど」
「いくらでも待つよ。準備、手伝おうか?」
「……いや、大丈夫」
そう言うと僕は、椅子から立ち上がって自分の部屋に向かう。
そして、振り返らずに一言だけ彼女に告げた。
「……王都に戻れて、よかったね」
「………………………………!! うん、ありがとう……!」
こうして僕は、一色隊の隊員になった。
そして、彼女と暮らす日常を取り戻したのだった――――――――――。