それを、僕は一生忘れることはないだろう。
……この二年後くらいから、父さんと母さんは家を空けることが多くなった。
今まではその日の内に帰ってきていたのに、数日、もっと多い時は一週間ずっと帰ってこないなんてこともあった。
でも、僕の隣にはいつも彼女がいたからなんの不安もなかったんだ。
……何も考えずに、両親の帰りを待っていたよ。
そんなある日、僕は父さんの部屋に呼ばれた。
……いつも穏やかな父さんの鬼気迫る表情を見たのは、この日が最初で最後だった。
「……理玖、よく聞きなさい」
「……はい」
「……父さんと母さんは、またしばらく帰ってこられないかもしれない」
「……しばらくって、どれくらい?」
「……それは、今はわからないんだ。だから、お前にこれを託そう」
「……これ、なに?」
父さんは、僕に一冊のノートを手渡す。
それは、随分と使い古された物のようだった。
デュールサルマンという植物の蔓が絡みついており、すぐには開けそうにない。
……この蔓は、とても硬いんだ。
「……いいかい。これは、大人になってから読みなさい」
「……どうして、今は読んじゃいけないの?」
「……今はまだ、その時期ではないからだよ」
「……わかった」
いつもと違う様子の父さんに、僕は頷くしかなかった。
そんな僕を見て、父さんはいつもの優しい笑顔を浮かべる。
「……理玖、彼女を幸せにしてあげるんだ。そして、お前も幸せになるんだぞ」
父さんはそう言うと、僕の頭を優しく撫でてくれた。
……この大きな掌の感触を、僕は一生忘れることはないだろう。
父さんと母さんは、この日もいつもと同じように出かけていった。
笑顔で、僕らに手を振って。
……でも、二度とこの家に戻ってくることはなかったんだ。