一色隊の穏やかコックさん、遠野晴久
昼時の食堂は、凄まじい混みようだった。
いつもの軍人たちに加え、午前中の試験を終えた新入隊員たちが一斉に押しかけたのだから無理もない。
その様子を見た理玖が、足を踏み入れることすらせずに引き返してしまうほどだ。
厨房は、まさに”戦場”という言葉がぴったりの状況である。
明らかに人手が足りていない様子から察するに、急な欠員でも出たのだろうか。
その様子を見た晴久は、大きく深呼吸をしてから、忙しなく働いている中年の女性に声をかける。
「あの……」
「なんだい!? ラーメンならもう少し待っとくれよ! 今麺を茹でてるからね!」
「いえ、そうではなくて……。僕でよければ、何かお手伝いできることはありませんか?」
なんと彼は、自らこの戦場に飛び込む決意をしたのだ。
女性は晴久の顔をマジマジと見てから、口を開く。
「……いいよ、入りな。こっちは猫の手も借りたいくらい忙しいんだ」
どうやら晴久が声をかけた女性は、偶然この厨房のリーダーだったらしい。
了承の返事を得られたので、晴久はいつも持ち歩いているエプロンをどこからともなく取り出すと、それを装着する。
いつ料理をする機会に遭遇してもいいように、常にエプロンを持ち歩いているのだ。
「それ、いつも持ち歩いてるのかい?」
「はい。僕ができることといえばこれしかないので……」
「……あんた気に入ったよ! 名前は?」
「遠野晴久です」
「じゃあ、ハルちゃんだね! ハルちゃん、あっちのサポートをしておくれ!」
「あっ、はい!」
そこから晴久は、厨房内で縦横無尽の活躍を見せる。
人の波が引いてくる頃には、晴久は厨房内の女性たちとすっかり打ち解けていた。
「ハルちゃん、あんたすごいね! 若いのにあんなに手際のいい子、初めて見たよ!」
「ほんとほんと! 軍人さんなんか辞めて、私たちと一緒に働かないかい?」
「ハッハッハ、そりゃいいね! あんたみたいに若くてかわいい子がいてくれたら、おばさんたちももっと頑張っちまうよ!」
共に働く仲間として、勧誘されるほどだ。
晴久がどう答えたらいいのか分からずに困っていると、リーダーの女性が人の良さそうな笑みを浮かべながら言う。
「まあ、半分は冗談だけどもう半分は本気だよ。もし食いっぱぐれそうになったら、迷わずにここにおいで。私たちの仲間として歓迎するよ」
「……はい! ありがとうございます!!」
「よし! じゃあ用意してやるからさっさと昼飯を食べな! 午後も試験があるんだろ?」
こうして昨日は自信のなかった晴久も、試験とは別のところではあるが自分の才能を発揮することができたのだった。