みんなで少しずつ、抱え合いましょう。
「……っつーわけですよ。これを機にタバコも止めたんで、今はもう吸いませんけど」
「そうだったね。いやー、そんなに前のことじゃないのに懐かしいね」
「は……?」
俺の耳に届いたのは、男の声ではなく聞き慣れた柔らかなものだった。
重い体を動かしそちらに視線を向けると、あいつが椅子に座って俺を見ている。
「な、なんであんたがここに……!? っつ……! 頭、いてぇ……」
よく見ると、ここはビアガーデンではなく寝泊まりしてる別荘の俺の部屋だった。
ベッドに寝てる、のか……?
やべえ、全然記憶が繋がらねー……。
「はい、理玖から薬を貰ってきたよ。飲める?」
「ああ……」
それを受け取ると口に含み、渡された水で流し込む。
「くっそ、にげぇ……」
「早く効くように粉末にしてもらったからね」
「俺、なんでここにいんだ……? 部長と外で飲んでたはずなのに……」
「蒼一朗さん、飲みすぎて歩けなくなっちゃったんだよ。部長さんから連絡もらって、柊平さんに迎えに行ってもらったの。元気になったら、二人にお礼を言っておいてね」
「……おう。それにしても、全然覚えてねー……」
「酔いが覚めてくるまで、私との出会いの話を延々と繰り返していたよ」
「は……!? マジかよ……!?」
「うん。部長さんの前でもそうだったみたいで、三回目が始まった時にこれはヤバいって思ってうちに連絡したって言っていた。柊平さんも、車の中で聞かされたって……」
「……俺、今体が動いたら恥ずかしくてベランダから飛び降りてるわ」
「動かなくてよかったね。さすがに二階から落ちたら、蒼一朗さんでも怪我するよ」
……酒でやらかした経験がないわけではない。
親父とお袋が死ぬまでは、酒での失敗も人並みにはあった。
だけど、大和と二人になってからはこんなことなかったのによ……。
「俺が酔っぱらってる姿、大和には……」
「見せてないよ。蒼一朗さん、嫌がると思って」
「助かったわ……」
もし大和に見られていたら、ベランダから飛び降りるだけでは済まなかったと思う……。
あいつの前では、いい兄貴でいてーからな……。
「蒼一朗さん、そんなに頑張らなくてもいいんじゃないかな?」
「……何をだよ」
「大和くんの前で、いいお兄ちゃんでいようとすること」
俺の心を見透かしたようなセリフを、こいつは言った。
「蒼一朗さんは、手がかからなくていい子だから大和くんが大切なの?」
「それは、違うけど……」
「大和くんだって同じだよ。蒼一朗さんがいいお兄ちゃんだから好きなんじゃないよ。蒼一朗さんっていうお兄ちゃんそのものが大好きなんだよ。だから、そんなに肩肘張らずに自然体でいてもいいと思うけどなぁ」
「……俺の接し方って、そんなに不自然か?」
「不自然というほどではないよ。でも、同じくお兄ちゃんである心くんと比べると頑張りすぎだとは思う。まあ、心くんとは性格も年齢も違うのはわかるけれどね」
こいつは、あの時と同じまっすぐな瞳で俺を見ている。
「今はまだ、大和くんも幼いから気付かないと思うよ。でも、成長するにつれて気付くようになるかもしれない。お兄ちゃんが、自分を犠牲にしているということに」
「俺は、自分を犠牲になんてしてねーよ……! あいつの笑顔が見たいだけで……!」
「うん。今日までは私もそう思っていたよ。ストレスが溜まりにくいか、溜まっても走ることで発散されるんだって。でも、今日の様子を見るとそうじゃなかったんだよね。大方、久々に外で飲むのが楽しくて飲みすぎちゃったんじゃないの?」
図星を突かれた俺は、言い返すことができなかった。
「別に、大和くんと接する以外の楽しみがあってもいいと思うんだけどなぁ」
「……それは、確かにそうかもしんねーけど」
「そんなに背負いこまなくても大丈夫だよ。もう、二人きりで暮らしていたあの頃とは違うんだから。私だって、他のみんなだっている。もっと、私たちを頼ってもいいんだよ」
その言葉は、酔ってグラグラする俺の頭に響いた。
今でも充分だってのに、これ以上頼れってのかよ……。
そんなの、俺がちょっと我慢すればいいだけじゃ……。
(我慢……?)
俺は、自分の思考に違和感を覚えた。
これが、こいつが言う自分を犠牲にしてるってやつか……?
「タバコだって吸えばいいし、お酒だって外に飲みに行けばいいよ。その間は、私たちが大和くんと一緒にいる。絶対に、一人になんてさせないから」
それは、俺の心にストンと落ちてきた。
……そうだ、大和を笑顔にしてやれるのは俺だけじゃないんだ。
ハルの飯を食えば笑うし、心がいればぱかおとも喋れる。
同世代の美海もいるし、他の奴らだって……。
「……わかった。でも、タバコは吸わねーわ。健康のためにだけじゃなくて、あの家を消し炭にするわけにはいかねーし……」
あの屋敷は、俺と大和にとって大切な”家”だからな。
俺の言葉を聞くと、こいつは優しく微笑んだ。
「大和、今どこにいる?」
「ダイニングでおやつを食べているよ」
「そっか、もうそんな時間か……。今日は二人で出掛ける約束してたんだけど、守れそうにねーわ……。体動かねーし……。わりぃんだけど、謝っといてもらえるか?」
「了解。もう少し寝るよね?」
「おう。適当な時間に起こしてもらえると助かるわ……」
「うん。一人で寝るのも久しぶりなんじゃない? ゆっくり休んでね」
「おー……」
言われてみれば、二人になってからは毎日一緒に寝てたからな。
そのせいか、ベッドがやけに冷たく感じる気がする……。
まあ、今はその冷たさが気持ちいいんだけどよ……。
「おやすみなさい、蒼一朗さん」
「ああ……」
部屋の扉が閉まる音を聞きながら、思う。
俺もいつか、親父とお袋みたいに結婚して家庭を持つのかもしれない。
その相手は、俺だけじゃなくて大和も大切にしてくれる奴がいい。
大和もそいつのことが大好きだったら、尚更いい。
……それがあいつだったら、妙にしっくりくるんだよな。
そんなことを考えながら、俺は深い眠りに就いたのだった――――――――――。