信頼の証
仏壇に手を合わせる女の後ろ姿を、俺はぼーっと眺めていた。
しばらくすると、女が俺の方へ振り向く。
「失礼を承知で伺いたいのですが……」
「……なんだよ」
「……ご両親は、先日の連続誘拐事件に巻き込まれて亡くなられた方ですか?」
「……それも、大和が言ってたのか?」
「……いいえ。大和くんからは、ご両親が亡くなったということしか聞いていません。立場上、捜査資料を目にする機会があるんです。そこに載っていた写真と、こちらの遺影が同一人物に見えたものですから……」
「……あんたの言う通りだ。俺の両親は、事件に巻き込まれて殺された」
「そうですか……」
俺たちの間に、沈黙が流れる。
それを破ったのは、俺の一言だった。
「……なあ、養成学校に通わなくても軍人になれる方法ってねーのか?」
……我ながら、情けない発言だと思う。
目の前の女を信じてるわけじゃないのに、その立場を利用しようだなんてよ……。
……だけど、犯人に近付くためにはなりふり構ってられねーんだ。
「大和は、両親の死を目にして声が出なくなった。だから俺は、できるだけあいつについててやらないといけない。いや、一緒にいてやりてーんだ。学校に通う時間なんてないんだよ。でも俺は、自分の手で犯人を捜したい……!」
「……軍人になりたいのですね」
「そうだ」
「そのために、裏道があれば教えてほしいと」
「……ああ」
「一つだけ、方法があります」
「どんな方法だ……!?」
「私の隊の、隊員になってもらうことです」
……想像もしていなかった言葉に、俺はマヌケな表情になってただろうな。
そんな俺の様子を気にも留めず、女は話し続ける。
「隊長という立場をいただいたのはつい最近のことなので、まだ隊員の数が揃っていないんです。隊員を選ぶ基準については、私の好きにしていいと王から仰せつかっています。ですから、正規の手順を踏まなくても私の隊であれば軍人になることが可能です。隊の特性上、そこまで忙しくなることもないので大和くんとの時間もとれると思いますよ。ただ……」
「……なんだよ」
「一色隊の隊員になるならば、上京してもらわないとなりません。基本的に、隊員たちは私を含め一つ屋根の下で暮らしています。それが、数少ない私の隊のルールの一つです」
「……大和も一緒でいいのか?」
「もちろんです。うちの隊には優秀な医師がいますので、大和くんのカウンセリングやリハビリなども全力でお手伝いさせてもらいますよ。……だけど、私のことを信じられますか?」
「……どういうことだ」
「残念ながら、私は自分の身分を証明するような物を何一つ持っていません。現にあなたは、私のことを信用していないでしょう? 家に上げてからも警戒を緩めないのがその何よりの証拠です。大和くんを守らないといけないので、当たり前のことだと思いますが」
……俺がこいつのことを信じていないのなんて、ハナからお見通しってわけかよ。
じゃあ、なんで……。
「……俺からも、一ついいか?」
「はい。なんでしょう?」
「そんな奴を、どうして誘うんだ? 自分の部下にするなら、従順な方が扱いやすいだろ?」
「……大和くんって、とても可愛い声なんでしょうね」
「は……?」
……こいつ、急に何言ってんだ?
「色々なことを、ノートに書いておしゃべりしてくれました。でも、夢中になると自分の声が出ないことを忘れてしまうみたいで……。話そうと口を開くんですが、そこから音が出ないことを思い出すと悲しそうに口を噤んでいました」
「………………………………」
「だから、大和くんの声を聞いてみたいと思ったんです。そのためには、事件の進展が望まれます。あなたには、その意志がある。これでは、理由になりませんか?」
俺は、女の瞳を見つめる。
……凛としていてどこまでもまっすぐだ。
それは、俺を頷かせるには充分な材料だった。
「……わかった。あんたのこと、信じるぜ」
こいつのことを信じて、上京してみよう。
現にこいつは、一度大和と家を救ってくれてるしな。
「……これから、よろしく頼むぜ」
そう言うと、俺は自分の手を差し出した。
さっきまで、俺らしくもなく受け身に回ってたんだ。
……握手くらい、自分からしたいじゃねーか。
「ええ。よろしくお願いします」
握られた手は、とても軍の隊長とは思えないくらい小さくて柔らかかった。
こうして大和と一緒に後日上京した俺は、正式に一色隊の隊員となったのだった――――――――――。