生まれた時から決められていたこと
僕の故郷は、海の綺麗な所でした。
そんなに大きくはありませんでしたが、観光シーズンになると多くの旅行客が訪れる、活気溢れた町です。
……その町で一番の老舗ホテルの跡取り息子として生まれたのが、僕です。
遠野家は昔から、一族全体でホテルの経営を行ってきました。
後継者は必ず長男の息子で、その他の者たちはサポートに回ります。
ホテルを継いだ者の一番の仕事は、お客様に出す魚を獲るために海へ出ることでした。
そしてそれらを、配偶者となった女性が料理長となり調理するのです。
僕の両親も、祖父母も、もっと上の方々もずっとそうしてきたそうです。
時期が来れば一族から相応しい女性が選ばれ、当人の気持ちなど関係なく婚姻が結ばれます。
これが覆ったことは、ホテルの創業から一度もないのだと父はよく言っていました。
だけど僕は、後継者として欠陥品でした。
……生まれつき、体が弱かったからです。
病院へ行っても、特に病名などが告げられるわけではありません。
原因が分からないため、父には仮病だと思われていました。
……病気による苦しさよりも、それを信じてもらえないことの方が辛かったです。
こんな体では、漁に出ることも容易ではありません。
何度か父に連れられて船に乗せられましたが、僕は何の役にも立ちませんでした。
そんな僕を、父は激しく責め立てました。
「お前は、本当に俺の息子なのか!?」
……怒りの矛先は、母にも向かいます。
母は僕を守ってくれましたが、それが余計に父の気に障ってしまったようでした。
父に怒鳴られた後、母は必ず僕を抱きしめながら泣くんです。
「晴久、元気な体に生んであげられなくて、ごめんね……!」
こう、言いながら……。
「お母さんのせいじゃないです。僕こそ、期待に応えられなくてごめんなさい」
僕はその度に、こう言っていました。
僕がもっと元気だったら漁に出ることはできたかもしれないけれど、それだけです。
両親の期待に応えたい気持ちありましたが、僕は生まれてから一度も、家を継ぎたいと思ったことはありませんでした。
……この時点で、後継者として失格ですよね。
これを両親に伝えたことはありましたが、当たり前のように受け入れられませんでした。
家を継いで、父のように皆を引っ張っていくことは僕にはできません。
でも、僕にとって生まれ育ったこの家はやっぱり大切です。
何かしらの形で、ホテルを支える力にはなりたいと思っていました。
そして僕は、出会ったんです。
料理という存在に――――――――――。