夏の思い出
彼らはその後も、日が暮れるまで海遊びを楽しんだ。
透花は海に入らず、貝殻を拾ったり砂の城を製作したりして過ごしたようだ。
辺りが暗くなってきたので、本日のメインイベントでもある花火をやることになった。
皆が色とりどりの光を放ちながら楽しむのを、透花は少し離れた場所で眺めている。
そんな彼女に、近付いていく人影があった。
「透花さん、みんなと一緒にやらないの~?」
それは、まだ火のついていない線香花火を持った虹太だった。
「虹太くんこそ、やらないの?」
「俺、普通の花火よりこっちの方が好きなんだよね~」
「あっ、線香花火だ。風流だね。一緒にやってもいい?」
「もっちろ~ん☆」
透花は線香花火を受け取ると、屈んでからそれに火をつけた。
虹太も同じように、透花の横にしゃがんで点火する。
「線香花火っていいよね~。他のやつとは全然違ってさ!」
「確かに、他のものにはない美しさがあるよね」
しばらくすると、透花の玉が先に落ちてしまった。
「虹太くん、すごいね。まだ全然落ちる気配がないよ」
「へへっ。俺、線香花火得意なんだよ~」
二人が静かな時間を過ごしていると、皆の方から急に悲鳴が上がる。
どうやら、ねずみ花火に驚いたぱかおが水を入れていたバケツに突っ込んだようだ。
その水が颯にかかってしまい、驚いた彼に押された心が転んでしまったらしい。
誰も火傷などをしていないので、その点はよかったと言うべきなのだろう。
その光景を見ていた透花が、ぽつりと呟く。
「……楽しい、ね」
その声はとても小さかったが、耳のいい虹太にはきちんと届いていた。
「うん♪ とっても楽しいよね~」
「今年は、充実した夏が過ごせそうだよ」
「今年だけじゃないよ!」
「……え?」
「来年も、再来年も、その先も! みんなで過ごせればずーっと楽しい夏になるよ!」
虹太は、眩しい笑顔でそう言い切った。
その言葉に、透花はなんとも言えない曖昧な表情を作る。
「ずっと、みんなと一緒に……」
「え? ごめん、聞こえなかった。なんて言ったの?」
今度の声は小さ過ぎて、さすがの虹太にも聞き取れなかったようだ。
「……虹太くんの言う通りだよって。でも、今年の夏は今年だけだもんね。せっかく王様がこんな長期の休みをくださったのだから、たくさん思い出作ろう!」
いつもの柔らかい笑顔でそう言うと、透花は虹太の手を引き皆と合流した。
先程の表情は、いったいどういう意味なのだろうか。
それを知る者は、今この場にいるのだろうか。
彼らの夏休みは、まだ始まったばかりである――――――――――。