広がる動揺
「そうにい! しゅうにい! とうかねえがよんでるよ! 足がいたいって!」
「………………………………!」
「でも、あいつの姿見えねーけど。まさか……!」
「……二人とも、さっきまでどの辺りで遊んでいたんだ」
「あそこらへんだよ! あれ? とうかねえいないね……」
「………………………………?」
報告を受けた柊平と蒼一朗は、美海と大和が指し示す方向を見る。
しかし、そこに透花の姿はなかった。
先程までと同じように、静かな海が広がっているだけだ。
「おい、まさか溺れてるんじゃねーだろうな……!」
「……その可能性も捨てきれない」
柊平と蒼一朗は、一瞬で状況を把握したようだ。
まず海に向かって走り出したのは、蒼一朗の方だ。
「先に行ってるぜ!」
「……ああ。春原、この場を任せてもいいか」
「……問題ないよ」
「二十分経っても私たちが戻らなかったら、軍の方へ連絡を入れてくれ。私の荷物に端末が入っている」
「……わかった」
理玖に指示を出すと、柊平も蒼一朗の後を追う。
二人は海に飛び込むと、透花の捜索を始めた。
この状況を理解できていない虹太が、いつも通りの呑気な声を出す。
「二人とも、慌て過ぎじゃない? 透花さんが溺れるわけないじゃーん」
「僕もそう思いますよ。おおかた、僕らを驚かせようと潜ってるんじゃないですか?」
「そんなことないです……!」
虹太に同調した湊人の言葉を遮ったのは、晴久だった。
彼の体は、ガタガタと震えている。
「晴久さん、大丈夫っすか!?」
「こんなに暑いのに、震えてる……」
颯と心の心配する声も、晴久の耳には届いていないようだ。
「だって透花さんは、泳げないんですから……!!」
その言葉を聞き、状況を把握できていなかった虹太、湊人、颯、心、そして美海と大和の動きが止まった。
全員が、信じられないという表情をしている。
無理もないだろう。
彼らにとって透花とは、完全無欠の存在なのだ。
そんな彼女が泳げないとは、想像すらしなかったに違いない。
「……マジで!?」
「ま、まさか透花さんにそんな弱点があったなんてね……」
「みうがもっとはやくしゅうにいとそうにいに伝えられてたら……!」
「………………………………!!」
「……二人のせいじゃないよ。だから、泣かないで……」
責任を感じた美海と大和は、泣き出してしまった。
それを、自分も混乱しているであろう心が宥めている。
「お、俺らも助けに行った方がよくないっすか!?」
そう言って海へ向かおうとした颯を、理玖は静かな声で止めた。
「……必要ないよ」
「なんでっすか……!?」
「……海での救助は、玄人でも大変なんだ。だから、二人に任せておけばいい」
「でも……!」
「……彼女が泳げないことを知らなかった君たちは、混乱しているだろう。そんな状態で海に入っても、足手纏いだと言ってるんだ」
「ぐっ……!」
理玖の言葉は、厳しいが的を得たものだった。
これには、颯も押し黙るしかない。
「……大丈夫だから。彼女は必ず帰ってくるよ。だから僕たちは、ここで待つんだ」
理玖はそう言うと着ていたパーカーを脱ぎ、未だに震えている晴久の肩にかけてやった。
今の彼らには、祈ることしかできない。
自分たちの隊長が、無事に帰ってくることを――――――――――。