人間として当たり前のこと
泣いたことによって落ち着いた琉生は、王宮から失踪した理由を少しずつ話し始めた。
「……余はたしかに、この国の王子だ。しかし、次の王ではない……」
「……はい、存じ上げております」
この国の王位継承権については、色々と複雑なのだ。
琉生は現王の息子にあたるが、そのまま王位を継げるわけではない。
「……次の次の王は余に決まっているゆえ、王になるためにきびしい教育が必要だということはわかるのじゃ。……しかしそれは、全て余が“王子”だから。父上と母上につけていただいた名前は呼ばれず、まわりから必要とされているのは王子としての自分だけ……。そんな日々に、たえられなくなってしまってな……。今回、王宮を抜け出したというわけじゃ」
「……お辛かったですね」
「ゆいいつ王子としてではない余を大切にしてくれる父上と母上にも、さいきんなかなか会えなくてな……。父上はたちばじょうおいそがしいし、母上は体調をくずされていて……。だからそなたが名前を呼んでくれた時は、本当に嬉しかったのじゃ」
「……そうだったのですね。差し出がましいようですが、私から一つ申し上げてもよろしいでしょうか? これは一色隊の隊長ではなく一色透花個人としての意見ですので、琉生様にも王子としてではなく一人の人間として聞いていただければ幸いです」
「……よい、申してみよ」
「ありがとうございます。琉生様は、王子という重要な立場におられます。ですが、その前に人間であり、一人の子どもです。もっとご両親に我儘を言ってもいいと思いますよ」
そう言った透花は、柔らかな笑みを浮かべていた。
「お父さんと遊べなく悲しい、お母さんと会えなくて寂しい、どちらも子どもなら当然の感情です。王子だからという理由でそれが許されないのは、周りの大人たち、それだけではなく国民全体の問題だと思います。だから、そのように悲しい顔をなさらないでください。あなたの気持ちは、当たり前ものです。我慢するようなものではありません」
「一色殿……」
「そうは言いましても、王様の仕事が休みになるわけでもお后様の体調が急によくなるわけでもありません。そこで、私から一つ提案があるのですが……」
「……なんじゃ?」
「明日は”王子”をお休みして、うちの屋敷で普通の子どもとして過ごしてみませんか? お父様とお母様の代わりにはならないと思いますが、遊び相手や話し相手くらいにはなれるはずです。勝手ではありますが、今の琉生様には休息が必要かと思います」
「それはなんともみりょくてきな話じゃが、そのようなことは許されないじゃろう……」
「ご心配なさらず。そこは私にお任せください」
すると透花は、どこかと連絡をとり始めた。
彼女は、王と直接連絡をとれる数少ない人物の一人なのだ。
王と繋がった透花は、琉生を無事に保護したこと、そして簡単な経緯を説明する。
そして、先程の提案をした。
我儘を言わない琉生を心配していた王は、すぐさま了承の返事をする。
彼は、透花に全幅の信頼を置いているのだ。
透花は丁寧にお礼を言うと、通信を切った。
「琉生様、ご安心ください。王様に直接許可をいただきました」
「なんと、父上にか……!?」
「はい」
「……だまって王宮を抜け出したこと、怒ってはいなかったか?」
「とんでもございません。王様は、とても心配されておりましたよ。今回のことについては私から簡単な報告をさせていただきましたが、王宮に戻られましたら自分の言葉でお気持ちを伝えてください。王様も、時間を空けるよう努力すると仰っていました」
「父上と会えるのだな……! 一色殿、恩に着るぞ!」
「もったいなきお言葉、ありがとうございます。では、私の屋敷に参りましょうか」
「うむ!」
透花は事の顛末を書き込んだメールを柊平へと送ってから、車を発車させた。
こうして琉生は、一日だけではあるが一色隊で過ごすことになったのだった。