無口な二人の静かな時間
②掃除班の場合
「……よし、ここも綺麗になったな。残りは……」
「お風呂……」
柊平と心は、黙々と掃除に勤しんでいた。
心は時折心ここにあらずといった状態になることもあったが、基本的に真面目に取り組んでいるため柊平が注意をすることはなかった。
この二人、無口で無駄話をすることがないため作業の進みがとても早いのだ。
本日のノルマも、風呂場を残すのみとなった。
二人が風呂場に行こうとしたところで、来客を告げるベルが鳴る。
「……結城、先に掃除を始めていてくれないか。私は来客の対応を終えてから行く」
「わかった……」
こうして、柊平は玄関、心は風呂場へとそれぞれ向かったのだった。
柊平が来客への対応を終え脱衣所に行くと、そこからは物音一つしない。
(既に掃除を終えて、部屋に戻ったのか……? いや、それならば私に一言あってもいいだろう。結城のことだから、忘れてしまったのかもしれないが……)
確認のため、柊平は風呂場のドアを開いた。
すると、お湯が張られた湯船に水死体のような格好で誰かが浮いている。
それは、先程までここの掃除をしていたはずの心だった。
「……結城!!」
柊平は急いで近付くと、自分の服が濡れることなど厭わずに湯船から心を抱え上げた。
とりあえず洗い場に横にし、意識の有無を確認する。
「おい、結城! 聞こえるか!」
「……ん」
柊平に頬を軽く叩かれると、心は目を覚ました。
どうやら、大事には至らなかったらしい。
柊平は安堵のため息を吐く。
すると心が、仰天の一言を紡ぎ出した。
「あれ、僕、寝てた……?」
「は……?」
彼の話を要約すると、こうだ。
風呂場の掃除は、早々に終わってしまったらしい。
綺麗になった湯船を見ていたら、無性に一番風呂に入りたくなってしまったそうだ。
一色邸の風呂場は広く、時間短縮のため数人まとめて入ることも多い。
美海と一緒に入るのが習慣なため、一人でゆっくりと入れることはあまりないのだ。
それも、一番風呂である。
風呂に入るのが大好きな心は、我慢ができなくなってしまった。
そしてあまりの気持ちよさに、いつの間にか眠っていたというわけだ。
「私はてっきり、お前が溺れているのかと……」
「ごめんなさい……」
「……無事だったならいい。だが、湯に浸かったまま寝るのは危険だ。次からは気をつけろ」
「うん……」
柊平は心に甘かった。
この不思議な少年相手には、なぜか怒ることができないのだ。
「服、濡れちゃったね……」
「……ああ、そうだな。着替えてくる」
「お風呂入っちゃえばいいよ……」
「……確かに、お前の言うことも一理あるな」
「柊平さんいつも最後だし、たまにはみんなより先に入りなよ……」
心の言う通りだった。
毎日遅くまで仕事をしている柊平は、必然的に最後に入浴することが多いのだ。
「僕が入っちゃったから、一番風呂じゃなくなっちゃったけど……」
「……じゃあ、その言葉に甘えるとするか」
「……うん」
柊平の言葉に、心は少しだけ表情を緩ませた。
「……しかし、それにしても着替えは必要だろう。取ってくる」
「あ、僕も……」
「……着替えを用意せずに、風呂に入ってしまったという解釈で合っているか」
「うん……」
「……お前の分も取ってくる。干してあるものから適当に持ってくるが、構わないな」
「ありがとう……」
着替えを用意せずに風呂に入ったことを注意しないあたり、やはり柊平は心に甘い。
薄々自覚はあるようで、柊平はため息を吐きながら風呂場を後にした。
その後二人はゆっくりと湯に浸かり、日々の疲れを癒した。
途中でぱかおが乱入してくるまで、静かな時間は続いたそうだ――――――――――。