その男、不在につき
これは、晴久が初めての任務で屋敷を留守にする前日の話である。
晴久を除く全ての住人が、透花によってリビングに集められていた。
ぱかおはお昼寝タイムということで、部屋で寝ているようだ。
「ハルくんが明日から一週間は任務でいないので、いつも彼にやってもらっている家事をみんなで分担したいと思います」
口を開いたのは、もちろん透花である。
晴久は、料理・洗濯・掃除を毎日完璧にこなしていた。
買い物だけは荷物を持ち切れないことが多いため、誰かに頼むことが多い。
そんな彼が、明日から一週間いなくなってしまうのだ。
「というわけで、みんながどれくらい料理・洗濯・掃除をできるのか教えてほしいんだ。無理してやるのは大変なので、適材適所に私が仕事を割り振ります。あっ、大和くんと美海ちゃんは大丈夫だよ。二人にも手伝ってもらえそうなことがあったらお願いするからね。あっ、ちなみに私は家事全般こなせるよ~」
「俺も。ハルみたいに細かいところまでは気付かねーと思うけど、人並みにはできると思う」
そう言ったのは蒼一朗だった。
彼は大和と二人で暮らしていたことがあるので、一般的な家事はお手の物なのだ。
「僕も、その三つなら大丈夫ですよ。ただ、キッチンには入らないように言われてますけど」
「……僕も大丈夫だ。だけど、料理はあまりしたくない」
「気が合いますね、春原さん」
「……大分意味合いは変わってくるけどね」
一人暮らしの経験がある湊人と理玖も問題ないようだ。
しかし、湊人の料理は独創的だった。
他の者たちの間ではダークマター製造機と呼ばれている。
本人は食べられればなんでもいいため、味に対する頓着がないのだ。
そのため、まずい料理が出来上がる確率がかなり高い。
レシピなどを参考にしないので、おいしくできても二度と同じ味は再現できないのだ。
上記の理由から、彼はキッチンで料理することを止められていた。
理玖が料理をしたくないのは、自分の趣向のせいである。
動物性食品を食べない彼の料理には、もちろんそれらは全く含まれていない。
それを他の皆に強要したくないのだ。
「蒼一朗さん、湊人くん、理玖、ありがとう。他のみんなはどうかな?」
「……私は、掃除ならできます。料理と洗濯はやったことがないためわかりませんが……」
次に答えたのは、柊平である。
彼は今まで、料理や洗濯を自分でやらざるを得ない状況になったことがないのだ。
その代わり、愛車や自室などの大切な物や場所は綺麗にしておきたいという気持ちが強い。
「俺は、記憶がないんで全くわかんないっす! でも多分、やったことないと思います!」
「手伝うくらいなら全部できるけど、一人では無理……」
年少組の颯と心も、家事には自信がないらしい。
颯は記憶を失っているとはいえ、以前からやっていたことには自然と体が反応する。
ヘアメイクや洋服選びなどが、そのいい例である。
それがないということは、家事とは縁遠い生活を送っていたのだろう。
心は母親の手伝いで、どの家事もやったことはあった。
しかし、あくまでも手伝いとしてである。
先頭に立ってやるのは、まだ彼には難しいようだ。
「柊平さん、颯くん、心くん、ありがとう。じゃあ最後に、虹太くんは?」
「あ、俺にも聞いちゃう? 透花さん、わかってるでしょ~」
「うん、一応全員に聞いておきたいからね」
「ぜーんぜんなんにもできません!」
「……はい、ありがとう」
虹太は、音楽以外に取り柄がない男なのだ。
それに加え裕福な家庭で育ったため、家事などは全て他人がやってくれた。
お茶を淹れるだけでも大切な手を傷付けそうなほどに不器用という徹底っぷりである。
「じゃあ、料理班を蒼一朗さんと私。掃除班を柊平さんと心くん。洗濯班を湊人くんと理玖と颯くん。大和くんと美海ちゃんには大変な班を手伝ってもらうって感じでどうかな? 買い物は、手の空いた人に行ってもらうか宅配で乗り切ろうと思います」
透花の言葉に、皆は頷く。
湊人と理玖は渋い顔をしたが、二人ではなく颯もいるので我慢することにしたようだ。
「……こいつには、何もやらせないのかよ」
ふと、蒼一朗が口を開く。
こいつとは、ただ一人名前を呼ばれていない虹太のことだ。
「うーん、できることがあればお願いしたいのだけれど……」
「俺がやると、逆に片付けが大変になると思うよ~♪」
「いやそれ、自信満々に言うことじゃねーから……」
「……家庭菜園の水やり。これくらいならできるんじゃないの」
ぽつりと理玖が呟く。
「でも俺、どれくらい水あげたらいいのかとか全然わかんないよ~」
「……いつも手伝ってるぱかおに聞けばいい。その辺のことはもう僕より詳しいから」
「えー、でもさー……」
「じゃあ虹太くんには水やりをお願いするね」
「……はーい」
透花に笑顔を向けられた虹太が、断れるはずもない。
家事は自分には向いていないとわかっているので、やりたくなかったのだ。
「……逃げ切れなかったな」
「ちぇー。透花さんの笑顔に弱い自分が憎い……!」
蒼一朗が、虹太の方をポンと叩く。
「心くん、後でぱかおに伝えておいてもらえるかな?」
「……うん」
「じゃあ、一週間これで乗り切っていきましょう。みんな、よろしくね」
こうして、晴久がいない一週間は火蓋を切ったのだった。