優美な侵入者
「そこの黒の車、危険な運転です。ゆっくりと車を路肩に寄せ、停まってください」
透花は追走しながら、拡声器を使って呼びかけた。
しかし、黒い車が彼女の声に従う気配はない。
「……無視しているというよりは、聞こえていない感じかな」
「……飲酒運転でしょうか」
「その可能性は高いと思う。早く車を停めさせないと、大事故に繋がるかも。……しょうがない。ちょっと手荒になるけど、乗り込んで止めてくるよ。柊平さん、もう少しあの車に近付いてもらえる? 蛇行運転をしているから、そこまで至近距離じゃなくて大丈夫だから」
「了解いたしました。……隊長、くれぐれもお気をつけて」
「ありがとう。せっかくの休日だし、さくっと終わらせて屋敷に帰ろう!」
「……はい」
返事をするのと同時に、柊平はスピードを少しだけ上げる。
お互いの車間が二十メートルほどになったところで、透花はドアを開けて飛び出した。
そのまま、前の車に飛び移る。
(いつ見ても、なんと軽やかな動きなのだろうか……)
風に乗った彼女の体は、地面に叩き付けられることなく無事に黒い車の屋根に着地した。
「こんにちは、軍の人間です。あなたたちの運転が危険なので、止めに来ました」
そのまま、開いていた窓から車内へと侵入する。
車内には、運転席に一人、後部座席に二人の男たちが乗っていた。
アルコールの匂いも漂ってくる。
「ひっ!」
「お、女!?」
「な、なんだお前!?」
急な窓からの侵入者に、車に乗っていた男たちは驚きを隠せない。
「このまま、安全な所に車を停めさせてもらいます。……ちょっと失礼しますね」
透花は片手で、運転していた男を後部座席に向けて押した。
男の体はまるで重さがなくなったように、後部座席に収まっていく。
運転席が空いたので、透花はシートに座りハンドルを握った。
徐々にスピードを緩め、路肩に車を駐車する。
高速道路にも関わらず一人の少女が窓から侵入してきたこと、その少女は軍服を着ていること、大の男が片手で追いやられてしまったことなどが一気に起こった男たちは、ただただ混乱していた。
しかし、酩酊状態にある彼らは状況が読み込めず、ボーっとしていることしかできなかった。