※ブラック会社ではありません。
柊平が軍服から私服に着替え、一息ついた時だった。
「柊平さーん、ちょっといい?」
透花の声とともに、部屋のドアをノックする音が聞こえる。
「はい。なんでしょうか?」
柊平がドアを開けると、そこには私服のワンピースに身を包んだ透花がいた。
「柊平さんさえよければ、私たちもお祭りに行かない?」
その提案に、柊平は驚かされた。
彼は、無類の酒好きである。
任務中は煩悩を押し殺し仕事に集中していたが、仕事が終わった今、自分の喉がそれを欲していることには気付いていたからだ。
「しかし隊長、明日も早朝から任務がありますし……」
柊平が気にしていたのは、そこだった。
翌日も、朝早くから任務が控えているのだ。
酒に強いとはいえ、万が一アルコールが残り明日に支障をきたしたら大変だ。
真面目な柊平は、気が進まなかった。
「それ、実は嘘なの。明日は私も柊平さんもお休みだから、任務はないよ」
透花は、悪びれもせずにしれっと言い切る。
柊平には、透花の言葉が理解できない。
「……どういうことでしょうか?」
「柊平さん、最近いつお休みとった?」
「休みですか……」
考えてみたが、思い当たらない。
働くのが苦ではない柊平は、ここのところ働き詰めだった。
「覚えていないくらい前でしょう? 柊平さんは、仕事熱心だからあまりお休みをとらないよね。仕事熱心なのはいいことだけれど、さすがに心配になるよ。さっきと同じような理由で、大好きなお酒もあまり飲めていないのではない?」
「そのようなことは……」
「本当に?」
「……いえ、隊長の仰る通りです」
一度は誤魔化そうとしたものの、彼女の真っ直ぐな瞳に勝てるわけがないのだ。
透花の言う通り、休みもとっていなければ飲酒もここしばらくはしていない。
「今日みたいなお祭り、柊平さんは大好きでしょう? だから、一緒に楽しみたいなって思って。こうでもしないと休んでくれないと思ったからとはいえ、明日も任務だなんて嘘をついたことはごめんなさい」
申し訳なさそうに言う透花を見て、柊平は思う。
(……この方は、こういう人だったな。常に隊員の心と体に気を配ることを忘れない、珍しいタイプの隊長だ。心配、されていたのか……)
「…お気遣い、ありがとうございます。隊長、私でよろしければお祭りにお供させていただいてもよろしいでしょうか?」
柊平は、透花の厚意に甘えることにした。
勿論ビールが飲みたいという思いもあったが、何より透花の気持ちが嬉しかったのだ。
柊平の返答を聞き、透花は喜びを頬に浮かべる。
「ありがとう。じゃあ、早速行こうか」
「はい」
こうして二人は、夜のお祭り会場へと向かうことになったのだった。