誰にでも、秘密の一つや二つはあるものです。
「緒方くん、待って……!」
颯はいつも通り一日の授業を終え、屋敷へ帰ろうと校門付近を歩いていた。
そんな彼を、一つの声が呼び止める。
「おー! 有川! 俺になんか用事か?」
颯に声をかけたのは、有川夏生という少年だった。
親しくしているクラスメイトの一人である。
「あの、緒方くんに服を見繕ってもらいたくて……」
「服? もちろんいいけど、急にどうしたんだ?」
「実はね……」
夏生は、声を潜めて説明を始めた。
彼は、駆け出しのアイドルとして芸能活動をしている。
次のイベントが、ファンと個別に写真を撮るいわゆるチェキ会なのだそうだ。
そのために、普段からその知識を活かしクラスメイトたちにオシャレのアドバイスをしている颯に服を見繕ってほしいというわけである。
「チェキ会は形に残るものだから、変な服装して行きたくないんだよね……」
「変な服装って言うなよー! 有川の私服ならこの間みんなで映画行った時に見たけど、別に普通だったぜ!」
「だってあれは、マネキンを丸ごと買ったやつだもん……。それに僕……」
「ん? どうした?」
「中学生の時に、私服がダサいって理由で彼女にふられたことあるんだよ……!? 今はなんとか立ち直ったけど、ファンの人からも同じような反応されたらもう……!」
端正な顔を歪ませながら、夏生はそう言った。
中学生の時の一件は、彼にとってトラウマになっているらしい。
夏生の話を聞くと、颯は考え込んでしまった。
「どうしたの?」
「いや、その女も不思議なこと言うなーって! 俺、どんな服装もダサいとか思ったことないんだ! だってそれって、そいつの個性を否定するみたいでかっこわりーじゃん!」
「緒方くん、発言が男前過ぎるよ……!」
「そうか? 別に普通だろ? とにかく、事情はわかったぜ! 有川、この後時間あるか?」
「……もちろん!!」
「じゃあ早速、買い物に行こうぜ! 俺がいつも行く店でいいか?」
「うん! どんなお店なの?」
「店長がオネエでさ……」
ここまで言って、颯はとあることを思い出した。
店長である由莉の事情で、今週いっぱい店は開いていないのだ。
「……チェキ会っていつだ!?」
「今月の下旬だよ。夏休みに入ってすぐ」
「じゃあまだ、時間はあるな! 有川、悪い! 買い物はまた今度でもいいか?」
「うん、大丈夫だけど……」
「俺がいつも行ってる店、今週は休みなの忘れてた! 来週以降にしようぜ!」
「あ、そうなんだ。別の店でも大丈夫だけど……」
「いや、それは俺が大丈夫じゃない。もしうっかり女の店員がいる店に入ったら……」
「……そうだったね、ごめん」
「いや、こっちこそわりぃ! その代わり今日は、俺の部屋で勉強でもしないか?」
「……勉強!? 緒方くんが!?」
「おう! オシャレの勉強な! 服だけじゃなくて、髪型とかさ! 簡単にできるセットの方法とか教えるぜ!」
「わー! それはとっても助かるよ!」
「よっし! じゃあ、早速行こうぜー!」
「うん!」
こうして颯と夏生は、一色邸へと向かうために仲良く校門を潜ったのだった。