羨望と嫉妬は紙一重
「……というわけで、みんな自分の意見を言い合っただけだよ」
湊人は、先程のことについて透花に話した。
それは、自分の主観などが含まれない完璧な説明だった。
ハイボールを飲みながら彼の話を聞いていた透花が、静かに口を開く。
「大体のことはわかりました。じゃあ、私から湊人くんに二つほど質問をしたいのだけれど」
「どうぞ。なんでも聞いてよ」
「ありがとう。まずは一つ目。湊人くんなら、今日の依頼人が調べてほしいことくらいすぐに分かると思うんだよね。それこそ、即日で情報を渡せるくらい。いつもの湊人くんなら絶対にそうしているはずなのに、それをあえてしなかったのはなぜですか?」
「……もう一つは?」
「これは単純に気になるのだけれど、理玖にそこまで突っかかるのはどうしてかなって」
「……質問は二つだけど、僕の答えは一つだよ。春原さんが嫌いだからだ」
「あ、うん。それはなんとなく気付いていたけれど」
「今日の依頼は春原さんにも関係があることだったから、ちょっと嫌がらせをしたくなっちゃってね。僕の話を聞いて、彼がどんな反応をするのか見たかったんだ」
「……なるほどね。どうして理玖が嫌いなのかは、聞いてもいい?」
「別にいいよ。僕は、単純に彼が羨ましいんだ。そして妬ましい」
「……これはちょっと意外な答えだったな。どういうこと?」
「春原さんって、医者として一流でしょ? それなのに、あんな小さな診療所に留まってる。それが、僕にはどうしても理解できなくてね」
湊人は、ハイボールを一口含んだ。
それを飲み下してから、再び口を開く。
「軍人としての仕事もあるから、あれくらいの規模で丁度いいのかもしれない。でも僕だったら、あんなに素晴らしい能力を持ってるならもっと活かしたいと思うのになあ」
「理玖は湊人くんと違って、成功志向とかないからね」
「……それも、僕が彼のことを嫌いな理由の一つだよ」
湊人は、隊員一成功したいという気持ちが強い男なのだ。
そのため、常に多くの仕事を掛け持ちほとんど休みもとらずに働いている。
そんな彼からすれば、理玖のように任務も気まぐれにしか受けず、庭いじりばかりをしているような人間は理解できないのだろう。
「湊人くんが理玖のことを気に入らない理由はわかったよ。本気で嫌っていないこともね」
「……その言い方は止めてほしいなぁ。まるで、僕が春原さんのことを好きみたいじゃない」
「あはは、ごめん。湊人くんは理玖が嫌いなんだよね。そういうことにしておきます」
「……あなたって、食えない人だよね」
「褒め言葉として受け取っておくよ。さあ、堅苦しい話はここまでにして飲もうか!」
「……そうだね」
「あっ! 今日伝えられる情報を依頼人さんに伝えなかったのだから、それについては職務怠慢としてペナルティを課しておきます」
「まあ、これは僕が全面的に悪いもんね。甘んじて受けさせていただきますよ、隊長殿」
「より精度を上げた、依頼人さんのためになる情報を提供すること。よろしくね」
「……なんというか、あなたらしいペナルティだね」
「そうかな?」
「うん。本当に食えない人だよ、透花さんは」
この後二人は、ゆっくりと一杯のハイボールを片手に晩酌を楽しんだのだった。