こんなマヌケな姿、あなたにしか見せられないよ。
「湊人くーん。両手が塞がってるから開けてー」
その夜、透花はまず湊人の部屋を訪ねた。
部屋の中からは、普段の彼からは珍しくドタバタと焦ったような音がする。
「……ちょっと待ってもらえるかな。すぐに着替えるから」
「ああ、別にいいよ。面倒くさいでしょ? 誰にも言わないし」
「………………………………どうぞ」
相当迷ったのだろう。
少しの沈黙の後に、湊人は扉を開けた。
そこには、先程までとはかけ離れた姿をした湊人がいた。
彼は、芋ジャージを着て長めの前髪をゴムで括っている。
いわゆる、ちょんまげスタイルである。
湊人はいわゆる、オンオフの切り替えが激しい人間だった。
いつもは人に弱みを見せないように気を張っている分、人目のない場所ではこのように楽な格好で過ごしているのだ。
彼のこんな一面を知っているのは、透花ただ一人である。
「……後で着替えようとしてたんだ。てっきり、春原さんの方に先に行くと思ってたからね」
「そうだったの?」
「だってあなた、春原さん贔屓じゃない」
「そんなことないよ。みんな同じように大切に思っています」
「……どうだかね」
湊人はそこで、透花の両手が塞がっている原因に気付く。
透花は、二人分のハイボールと枝豆、ポテトサラダが乗ったお盆を持っているのだ。
「……これ、どうしたの?」
「一緒に飲もうと思って。おつまみはオマケだよ」
「……さっきの口論の話を聞きにきたんじゃないのかい?」
「そうだけど、別に仕事の話じゃないのだからお酒を飲みながらでもいいじゃない? 湊人くん、普段はあんまり付き合ってくれないし」
「どれだけ飲んでも酔わないから、酒を飲む意味がないんだ」
「お酒強いものね。今日くらいは私に付き合ってくれると嬉しいなぁ」
「透花さん、上司からのお酒の強要はアルハラだよ」
「これは、強要じゃなくてお願いだから大丈夫なんですー」
「……屁理屈言うなあ」
「湊人くんにはその台詞言われたくないよ」
「……ふふっ。それもそうだね。どうぞ、入りなよ。いつも通り、綺麗な部屋じゃないけど」
「じゃあ、お言葉に甘えて。お邪魔します」
こうして、透花と湊人、二人での晩酌が始まったのだった。