鶴の一吹き
「はーい! そこまで!」
聞き慣れた穏やかな声とともに、理玖と湊人の顔に何かが吹きつけられる。
そこには、霧吹きを手に持った透花が立っていた。
「冷たいんだけど……」
「うわあ、レンズがびしょびしょだよ……」
突然の出来事に、二人は口論を止めた。
透花の後ろには、先程まで寝惚け眼だった心がいる。
二人の喧嘩を止められるのは透花だけだと思い、彼女を呼びに行っていたのだ。
「二人とも熱くなっていたので、物理的に冷やさせてもらいました。バケツで水をかけようかとも思ったのだけれど、そんなことすると片付けが大変だからね」
透花には、喧嘩していた二人を咎める様子はない。
いつも通りの柔らかな彼女だった。
「少しは落ち着いた?」
「……ああ」
「……そうだね」
「じゃあ、またここにいて喧嘩になるのも困るからこれで解散!」
「はいはーい。ってか、心ちゃんいつの間に透花さん呼んできたの?全然気付かなかったよ」
「俺もだぜ! 心、お手柄だな!」
「確かに、二人にとっては鶴の一声だろうからな。一番効果的だ」
「まあなんつーか、今回は一吹きだったけどな」
「……もうダメ。眠い……」
「心くん、もう少し頑張りましょう。ベッドと美海ちゃんが待っていますよ」
透花の声を合図に、皆はリビングを出て行く。
「理玖と湊人くんには個別に話を聞きたいから、後で部屋に行くね」
「……ふん」
「……わかりました」
((長い夜になりそうだな……))
心の中で全く同じことを考えているなど、二人は知る由もないのだった。