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透く花の色は  作者: 白鈴 すい
第十話 シクラメンな二人
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売り言葉に買い言葉

「……そういえば今日、僕のところに娘を捜してほしいって依頼人が来たんですよ」


 湊人が口を開いたのは、夕飯を終えて皆がリビングで寛いでいる時のことだった。

 透花は大和と美海と一緒に風呂に入っており、この場にはいない。

 しかし、それ以外の八人の隊員たちは全員が揃っていた。

 湊人は、個人情報に触れないように概要だけを話していく。


「なんでも、娘さんに政略結婚を薦めたら家出されちゃったらしくて」

「それは大変ですね」

「政略結婚!? 好きでもない相手と結婚するとか、絶対に無理っすよ!」

「いや、お前は結婚以前の問題だろ……」


 湊人の言葉に反応したのは、晴久、颯、蒼一朗の三人だった。

 なんの行動も起こさない理玖を横目に、湊人は話を続ける。


「しかもその娘さん、もう他の男性と結婚して妊娠までしてるみたいなんですよ」

「ふ~ん。それだと、政略結婚の話はどうなるの?」

「……破談になるだろうな」

「……眠い」


 虹太、柊平、心からも反応が返ってくる。

 心は、もはや話を聞いているのかどうかわからない状態だが。


「政略結婚の相手はお金持ちで、今の結婚相手は貧乏なんですよ。それこそ、子どもを無事に育てられるかどうかわからないくらい。僕なら裕福な相手と結婚した方がいいって思っちゃうんだけどなあ。みなさん、どう思います?」

「いやいやいや! 結婚は好きな人とした方が絶対いいっすよ! お金より愛っす!」

「……颯、お前の言葉には全く説得力ねーから。まあ、確かに好きな奴とした方がいいだろうけど、金はあるに越したことはないとも思うな」

「そうでしょうか……。お金があれば必ずしも幸せというわけではないと思います」

「でも、お金があった方が色々選択肢は広がるよねー。実際、俺の家は裕福だからあんなに習い事にお金かけてもらえたんだって思うし」

「……珍しく、椎名の意見に賛成だ。生活の安定のために、金はあっても困らないと思う」

「……お金は、食べられない。中身がチョコだったら食べられるのに……」


 心は、現実と夢の間を彷徨っているようだ。

 皆がそれぞれ持論を語っても、理玖だけは言葉を発さなかった。

 それは、彼が湊人の意図に気付いていたからだ。

 実はこの二人の関係は、良好なものとは言えなかった。

 どんな任務も貪欲にこなしていく湊人に対し、理玖は自分がやりたい仕事しか受けない。

 仕事に対する考え方が正反対なのだ。

 これには二人の生い立ちが深く関わっているので、仕方のないことなのだが。

 理玖は自然に囲まれた空間が好きだが、湊人は電子機器に囲まれた空間の方が落ち着く。

 プライベートでも感じ方が全く違うので、その結果、二人が個人的に話している姿を見かけることは滅多にないという関係性になってしまったのだ。

 今回も、大吾と日菜子が診療所に来たのを知っているからこその話題選びなのだろう。

 湊人が今回の件を報告すれば、彼女は恐らく実家に連れ戻されてしまう。

 そうすると、お腹の子どもの命はどうなってしまうのだろうか。

 家族三人での幸せな暮らしは、叶うことなく消えてしまうだろう。

 それをわかっているから、湊人はこの話をあえてした。

 理玖がどのような反応をするのか、見てみたかったからだ。

 簡単に言ってしまえば、夫婦を応援している理玖へのちょっとした嫌がらせである。


「春原さんは、どう思います?」

「……君のことだから、全てわかった上で僕に話をふってるんだと思うけど。僕は、結婚は好きな人とするのが当たり前のことだと思う」


 理玖は見た目こそクールに見えるものの、案外感情で動くタイプだった。

 目に映るものが全てではないと思い、目には見えないものも大切にしている。

 対して湊人は、目に見えない不確かなものはあまり信用しない。

 自分の目できちんと確認できるものを重用する。

 二人はそれぞれ、こうやって生きてきたのだ。


「貧乏な家庭って、想像よりもずっと辛いものですよ」

「……それは、君の体験談かい?」

「……いえ、一般論の話です」

「……そう。僕は、あの二人ならどんな困難も乗り越えていけそうに感じるけどね」

「それは、あなたの主観でしょう? それに、彼らの何を知ってるっていうんですか?」

「お金がないと幸せになれないというのも、君の主観だろう。確かに僕は、彼らのことをほとんど知らない。もしかしたら、君の方が詳しいかもしれないね。でも、彼らがお互いのことを想い合ってる姿は君より知ってるよ」

「春原さんって意外とロマンチストですよね。愛さえあれば、子育てにお金は必要ないと」

「そこまで極端なことを言ったつもりはないけど。お金があっても、そこに愛がなければ意味がないと言いたいんだ」


 口論は、どんどんヒートアップしていく。

 晴久は二人を止めようと試みるが、うまく口を挟むことができずにオロオロしていた。

 柊平と颯も仲裁に入ろうとするが、その声は届いていない。

 蒼一朗は呆れ顔で、虹太はいつも通りの緩い表情で二人を見ているだけだ。

 口論に気をとられた彼らは、誰一人として気付いていない。

 先程までソファで船を漕いでいた心が、いつの間にかいなくなっていることを――――――――――。

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