優しさは人それぞれ
「……なんで君がここにいるの」
それは、翌日のことだった。
なぜか大吾が一色邸の庭に現れたのだ。
「春原先生の手伝いに来たんだ!」
「……一応私有地なんだけど、無断で入ってきたわけじゃないよね」
「そんなことおらしねえ! ちょうど門の所に、昨日おらたちのことを案内してくれた男の子がいたんだ! 先生に用があるって言ったら、入っていいって言ってくれたぞ!」
「僕の名前を知ってるのは……」
「その子に聞いた! 春原理玖先生だべ? よく見たら看板にも書いてあるしな! ああ、おらの名前は……」
「……昨日奥さんが呼んでるのを聞いてたから知ってるよ」
「それもそうか!」
(まったく……)
理玖は、小さくため息をついた。
颯の人懐っこさなら、簡単に敷地内に人を入れてしまうのにも納得がいく。
「……君、仕事はどうしたの」
「今日の分はもう終わりだべ!」
「……それなら、僕の手伝いなんていいから早く家に帰りなよ。奥さんが待ってるだろう」
理玖は、作業の手を止めずにそう言った。
しかし、しばらく経っても大吾からなんの反応も返ってこない。
それを不思議に思った理玖は、手を止め大吾に視線を向ける。
するとそこには、顔がしわくちゃになるほどの笑みを浮かべた彼の姿があった。
「……何がそんなにおかしいの」
「いやー、春原先生は優しい人だなって思ってよ!」
「は……?」
まさかそんなことを言われるとは思っていなかった理玖は、思わず固まってしまう。
大吾は、そんな理玖の様子を気にせず話し続けた。
「だってよ、花も検査薬もタダでくれるし! 今も、おらと嫁さんが一緒にいれる時間が増えるように、帰れって言ってくれたんだべ?」
「……別に、そんなんじゃないよ」
本当はその通りなのだが、理玖の性格上それを素直に言うことはできない。
「いーや、絶対そうだべ! おらには分かる! そんな春原先生だから、おら、手伝いがしたいんだ! 昨日もちょっと言ったけど、こう見えても庭師として働いてたから役に立てると思う! 昨日のことと貰う花の分、おらにここで働かせてくれねーか!? 先生に、できる限り恩返しがしたいんだ!!」
先程までとは打って変わって真剣な表情で、大吾は懇願する。
「……あそこにある倉庫から、土を運んで来てくれないか。鍵は開けてあるから」
少し考えた後、理玖が彼に与えたのは自分が苦手とする力仕事だった。
「……任せてくれ! 先生みたいに細っこいと、重いものを運ぶのは大変だもんな~!」
「……うるさいよ。たくさんあるんだから、ほら、さっさと行って」
自分の非力さを、理玖は地味に気にしていた。
「わかったべ! たーんと持ってくるからなー!」
その日、二人は日が暮れるまで作業に励んだのだった。