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透く花の色は  作者: 白鈴 すい
第十話 シクラメンな二人
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働き者の手

「あの、先生……。日菜子はなんかの病気なんだべか?」

「……病気ではないと思うけど」

「ほ、本当か!?」

「ああ。彼女が戻ってくればわかるから、それまで静かにしててくれる」

「わかったべ!!」


 診療室に取り残された二人の間には、このような言葉を交わしたきり会話はない。

 理玖は、大吾に持った既視感について考えていた。

 そして、一つの結論に思い当たる。


「……君、少し前からうちの庭をよく見に来てただろう」

「な、なんで知ってるんだべ!?」

「君みたいに図体のデカい男がこちらを見つめてるんだ。目立つに決まってる」


 それは、数日前に遡る。

 理玖がいつものように庭いじりをしていると、屋敷の外からの視線を感じた。

 そちらに視線を向けると、熱心に庭の様子を見る熊のような男がいた。

 その男は、毎日決まった時間に来て十分ほどすると帰っていく。

 特に害もないので気にしていなかったのだが、この男の特徴が大吾と一致するのだ。


「ここの庭で見かけた花があんまりにも綺麗だったんで花屋を探したんだけど、見つからなくってよ。金はないんだが、なんとか売ってもらえねーだろうかと思って見てたんだべ」

「……どんな花のことだい?」

「ピンクと水色の花びらのやつだ!」

「ああ、あれか……」


 それは、花弁の外側がピンク色で、内側にかけて水色のグラデーションになっている珍しい花だった。

 花屋で見たことがないのも、無理はない。

 この花は、理玖が昔住んでいたエルブという都市から持ち込み育てたもので、稀少故にほとんど市場に出回らないものなのだ。


「……どうしてあの花が欲しいんだい?」


 大吾は、いかにも田舎者という雰囲気の素朴な大男だ。

 花の稀少価値を見込んで欲しているのではないということだけは、すぐにわかる。

 故に、彼が花を欲しがる理由が気になったのだ。


「……実はな、おらと日菜子は駆け落ち同然で田舎から出てきたんだべ」


 大吾は、理由を説明し始めた。


「日菜子はいいところのお嬢様なんだ。そこの屋敷で庭師として働くことになったおらは、一目で恋に落ちちまった。日菜子もおらに好意を寄せてくれて、隠れて交際してたんだ。身分違いの恋だからな。……だけど、そんな毎日は続かなかった。日菜子の家の事業が傾いてきてよ、とある貴族から政略結婚が持ちかけられたんだ。日菜子を嫁によこせば、出資してやるってさ。日菜子はもちろん嫌がったんだが、日菜子の父親、おらからすると旦那様だな。旦那様はそれを断れなくて……」

「……それで、王都に駆け落ちしてきたのかい」

「ああ、そうだ。おらとは公表できるような仲じゃないからな。王都なら人も多いし、見つかることもないって思った。こっちでは働いているものの、人目が気になるから碌な仕事には就けねえ。お嬢様だったあいつに貧乏生活をさせるのが申し訳なくてよお……」


 話しながら、大吾は拳を強く握る。

 ところどころひび割れているその手からは、薄く血が滲んでいた。


「……もうすぐ、あいつの誕生日なんだ。結婚式も挙げられなかったし、指輪を贈ることもできなかった。普段から苦労もさせてる。せめて誕生日くらいは日菜子の喜ぶ贈り物をしたいと思って考えてたら、一緒に屋敷の外を通った時にあいつがあの花を綺麗って言ってたのを思い出したんだ。だからおら、どうしてもあの花が欲しくて……」

「……なるほどね」

「珍しい花だから、値が張るのは覚悟の上だ。今は金がねえけど、もっともっと働いて絶対に払う! だからあの花を、おらに売ってくれねえだろうか!?」


 必死に頭を下げて頼む大吾の手が、理玖の視界に入った。

 過酷な労働環境のせいか、その手はひどく荒れていた。


(……今まで奥さんを必死に守ってきた、働き者の手だ)


 理玖は、このような手が嫌いではなかった。

 おもむろに立ち上がると、診療室を出ていこうとする。


「あの、先生……!」

「……少しここで待っていて。すぐに戻るよ」


 そう言うと、大吾の方を振り向かずにどこかへ消えてしまった。


(見ず知らずの奴に大切に育ててる花をくれなんて言われても、普通は断るべなぁ……)


 一人その場に取り残されてしまった大吾は、心の中を不安でいっぱいにしながら理玖の帰りを待つのだった。

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