兄の気持ち
心は、すぐに戻ってきた。
「……はい」
そして、何かを美海に手渡す。
「これ……!」
それは、服や髪飾りを買うには充分な額のお金だった。
「……これで、好きなもの買いな」
「でも、うちにこんなお金……!」
美海は、それを素直に受け取ることができない。
兄が無理をして捻出してくれたのではないか、心配なのだ。
「……美海が思ってるよりたくさんお給料も貰えてるし、貯金も出来てるから大丈夫。それは美海のために貯めてたお金だから、好きに使っていいんだよ」
「ほんと……?」
「うん。……今まで、ごめん。何にも言わないから、僕のお下がりでも気にしてないんだと思ってた。でも、美海だって女の子だもんね。かわいい洋服とか髪飾りとか、欲しいよね。それで、たくさん買っておいで」
心はそう言うと、ふわりとした微笑みを美海に向ける。
あまり表情が変わらない彼がそのように笑うのは、とても珍しいことだった。
「うん……! しんにい、ありがとう!!」
美海も、心に元気な笑顔を見せる。
「……次からは、何かあったら僕に一番に相談してね」
自分ではなく、颯に最初に話したことが悔しかったようだ。
美海の頭を優しく撫でながら、どこか拗ねたように心は言う。
「もちろんだよ! しんにい!」
「よーし! じゃあ早速、三人で買い物に行こうぜ!」
「え、僕はいいよ……。二人で行ってきて……」
「なんでだよ? この後用事でもあんのか?」
「別にないけど、僕はこういうの詳しくないし……。美海と颯くん二人で行ってきて……」
これは、心なりの気遣いだった。
自分が一緒では、妹が値段を気にして欲しい物を買えないのではないかと思ったのだ。
しかし、このような気遣いが颯に伝わるはずもない。
彼は、どこか鈍いところがある。
「一緒に行こうぜー! 美海ちゃんも、三人の方が楽しいよな!」
「うん! 三人で行きたい!」
「ほら! こう言ってるぜ?」
「でも……」
心が言い訳を頭の中で探していると、颯が自分をジッと見つめていることに気付く。
彼は、心の着ている服を険しい眼差しを送っているようだ。
「どうしたの……?」
「……心、やっぱり一緒に行くぞ! ついでに、お前の服も選んでやるから!」
「僕は別にいいよ……。着られればなんでもいいし……」
「着られればって、サイズ合ってないじゃんか……」
心は、服などに対する執着がまるでなかった。
とにかく着られればいいと思っているので、他の隊員たちのお下がりを貰っている。
彼は隊員一小柄なので、ほとんどの服を着ることができるのだ。
よっていつも、体格に合わない大きな服ばかり着ていた。
しかし、颯は一色隊一オシャレに気を遣っている男だ。
他人のセンスをとやかく言うつもりはないが、せめて体型に合わせた服を着てほしいと以前から思っていたのである。
「服とか興味ない……」
「美海ちゃんも、かっこいい服着てるお兄ちゃん見たいよな!?」
「うん! 見たーい!!」
心が頷かないのを見て、颯は作戦を変更した。
美海を利用し、どうにかして買い物に引っ張り出す気のようだ。
この結城心という少年は、妹のことが大好きなのだ。
かわいい妹にこう言われてしまえば、陥落するのはあっという間である。
「……わかった。行く」
「やったー!! あ、でもお金……」
「心配ないって、美海ちゃん! これだけあれば資金も充分だからさ! 更にお得に買えるように、俺がいつも行ってる店に案内するし! よっしゃ! 行っくぜー!!」
「おー!!」
「おー……」
こうして三人は、買い物に行くことになったのだった。