微笑みの強迫
一方、虹太と湊人は、一人の女性が二人の男にからまれている現場に遭遇していた。
「いいじゃねーかよ、少し付き合うくらい」
「そうそう、ほんのちょっとだけだし。いい女に酒注いでもらいたいんだよー」
「やめてっ、放してください……!」
周囲の者たちは、見て見ぬふりをしているようだ。
「君たち、楽しそーなことしてんじゃん」
「よかったら、僕たちも混ぜてもらえないかな?」
そこに、笑顔の虹太と湊人が割って入った。
「……あ? なんだおめーら」
「この女には俺らが先に声かけたんだから、てめーらは他当たれよ」
しかし、虹太と湊人は笑顔を崩さない。
「あれ? 君、何日か前にノルウェストゥのバーに来てたよね? あそこのマスターに、今度結婚するって言ってたじゃーん! その場にいたお客さんみんなでお祝いした時に、俺もいたんだけど覚えてない? 彼女、いい子だけど嫉妬深いって言ってたのに、こんな所でこんなことしててだいじょーぶ?」
「ぐっ……!」
湊人も、パソコンで何かを打ち終えてから話し出した。
「……そちらの君は、今日は非番のようだが軍人じゃないか。あんまりしつこくして、彼女に被害届でも出されたら大変だよ。君のところの隊長は、異性関係にはかなり厳しい人だったと記憶しているけど……。というわけで、彼女は僕たちに譲ってもらえるかな?」
「……くそっ!」
虹太と湊人の、あくまでも笑顔だが有無を言わせぬ物言いに、男たちは舌打ちをしながら去って行くしかなかった。
「湊人くん、こわー。顔見ただけで所属隊だけじゃなく今日のシフトまで調べられるなんて、ほんとどーなってんの? そのパソコン……」
「僕からしたら、虹太くんのコミュニケーション能力の方が恐ろしいよ。どれだけ交友関係が広いんだか……」
二人が会話をしていると、今しがた助けた女性が声をかけてきた。
「あのっ、ありがとうございました……!」
「いえ、お気になさらず」
「お花見ってことでみんな浮かれてるから、女の子の一人歩きは危ないよー!」
助けてもらい、更に笑顔を向けられたことにより、女性は頬を赤く染めている。
「あの、私、少し離れた所で友達と飲んでるんです。助けてもらったお礼に、少し一緒に飲んで行きませんか?」
「ほんとにー? じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔しちゃお……」
「いえ、僕たちには引き続き仕事がありますので。もうあのような輩に会わないように、気を付けてご友人の所まで戻ってくださいね」
虹太の言葉を遮り、湊人が女性からの申し出を断った。
「では、失礼します。ほら行くよ、虹太くん」
「あ、待ってよ湊人くん! ばいばーい! お花見、この後も楽しんでねー!」
断られた女性は、残念そうな顔で二人を見送ることしかできなかった。
「……もう、相変わらず湊人くんは真面目だなー。少しくらい休憩したっていいじゃん!」
女性に声が届かなくなる距離まで来ると、虹太は湊人に対して声をあげた。
「そういうわけにもいかないよ。ただでさえ、僕たちの軍服の色は他の隊とは違って目立つんだから。一色隊の隊員が責務を全うせずに女性と飲んでいた、なんて噂になったら大変だろう?」
「えー、なんで?」
「……一色隊の隊長は自隊員の管理もできないような人間だ、と言われるかもしれない」
「………………………………! あー、それは確かに嫌かも」
湊人がここまで話し、虹太はようやく事の重大さに気付いたようだ。
「俺たちの大事な隊長を、誰かに悪く言われるわけにはいかないもんね!」
「そうだね。それじゃあ、次はあっちの見回りに行こうか」
「らじゃー!」
こうして八人は、日が暮れるまで懸命に働いたのだった。