マスコットキャラ「うたぼー」の悲劇
マイページの自己紹介欄に掲載されていた掌編シリーズ第五弾です(~2013/11/25)。
水木「こんにちは」
坂野「…………。こんにちは」
水木「坂野さん、リハーサルとはいえ、もっとテンションあげてくださいよ。新番組なんですから」
坂野「…………。ちょっと事情があるのよ」
水木「だから、なんでそんなに間をあけて喋るんですか?」
坂野「…………。水木ちゃん? いい? この番組収録ではこれがルールなの。時々、数秒、間を空けてちょうだい。その間に彼が喋ることになってるから」
水木「彼? 彼って誰ですか? ……先輩どうしたんですか何もないところを指さして」
坂野「…………。彼ってのはこれ。「うたぼー」よ。ほら、間を空けて喋ってってば」
水木「…………。うたぼー? なんですかそれ」
坂野「そうそうそんな感じ。私が今指さしているここにね、番組のマスコットキャラクター、うたぼーが映っているのよ」
水木「何もいませんけど」
坂野「…………。ほら、間をあけて。えっとね。正確に言うと、そうなるように後でCG合成するの」
水木「…………。マスコットキャラクター、ですか? どんなキャラクターなんですか?」
坂野「…………。まだCG作成中だそうよ。最悪、放送一回目は静止画になるかもしれないらしいわ」
水木「そんなあ……。何も決まってないんですか?」
坂野「えーと、正式名称が「牛髑髏タウン」で愛称が「うたぼー」で……」
水木「うし……? それどんな生き物なんですか」
坂野「ビジュアル的には牛の頭蓋骨をキュートにしたような感じだって」
水木「その言い方で伝わると思うような人がテレビ局にいるなんて信じられません」
坂野「ディレクターに言ってよ。私だって見たことないんだから。大きさはバレーボールくらいで、言葉を喋るわ。たしか語尾に「うたー」ってつける設定だって言ってた」
水木「喋る牛の頭蓋骨……どうやっても可愛い想像ができない」
坂野「そうねぇ。……紙とペン貸して。うーん、絵を描くとこんな感じかな……」
水木「なんですかそれ。断末魔をあげる悪魔ですか?」
坂野「いやあの、牛の頭蓋骨をキュートにしてみたんだけど」
水木「…………。先輩、絵心の不自由な人なんですね」
坂野「うるさいわね」
水木「とにかくそれが番組のマスコットキャラクターですか……必要ですかそれ」
坂野「なんでも高いお金払って有名イラストレーターに発注したそうよ。ゆるキャラを描いてくれって」
水木「牛の頭蓋骨のどこがゆるキャラなんですか」
坂野「たぶんその人の頭のネジがゆるかったのね」
水木「はあ……」
坂野「とにかくね、私達はこのスタジオで三人でいる設定だから。二人と一匹と言うべきかもしれないけど」
水木「私達とその、うたぼー、ですか」
坂野「ええ。だから適当にうたぼーを交えて会話してる感じで喋ってほしいのよ」
水木「って言われても」
坂野「こんな感じで。…………。あら、その通りだわ、うたぼー」
水木「えーと……。…………。ふーんそうなんだ、うたぼー。こんな感じでいいですか」
坂野「いい感じよ」
水木「台本とかないんですか」
坂野「台本は間に合わなかったらしいの。だからうたぼーのほうに話を合わさせるわ。ねー、うたぼー」
水木「…………。そっか、それは大変だねうたぼー。私達が適当に間をあけたとこにあわせて、スタッフが後でつじつまがあうように適当な台詞をアテレコするってわけですね」
坂野「そういうこと。飲み込み早くて助かるわ」
水木「難しいー。うまくいくのかな……。今更ですけど、この局の番組制作、冒険心満載ですよね」
坂野「スポンサーの勇気には頭がさがるわね」
水木「…………。へーえ、うたぼーもそう思うんだ」
坂野「……水木ちゃん案外ノリノリね。じゃあ本番いきましょうか」
水木「はい!」
チャララッチャラ~ン
坂野「こんにちは。みっちーです」
水木「こんにちは! みっきーです! そしてこちらが!」
うた「あ、このマイクに向かって喋るの? ぼく、うたぼーだうたー……呪い殺すうたー」
坂野「そっか、よろしくね。うたぼー」
水木「ねえねえうたぼー、この番組はどんな番組か知ってる?」
うた「知らないうたー。呪い殺すうたー」
坂野「そっか。じゃあしょうがない、私たちが教えてあげる。この番組はね、毎週オススメの小説を紹介していく番組なのよ」
うた「それあんまり興味ないなあ。……あ、興味ないうたー」
水木「でしょでしょ? 楽しみでしょ?」
うた「ところで今日飲みにいかない?」
坂野「こらこら。それは私達の仕事よ。うたぼーも紹介したいの?」
うた「あ、カラオケもいいな。久しぶりに歌いたいよ」
水木「だーめ。うたぼーは聞いてるの。わかった?」
うた「わかったわかった。まじめにやるよ。……呪い殺すうたー。え、これ呪い殺すじゃないの? この口癖って書いてあるやつ。なんだ。字、汚くてカタカナでノロイコロスって読めた。ぐちゃぐちゃって消してあるだけ? 消しゴム使ってよ」
坂野「はいはい。それはまた今度ね。じゃあみっきー、さっそくいってみましょーか」
水木「はーい。まず最初の作品は……タイトルは『まんじゅうがマジで怖い』……お、うたぼー、興味しんしんだねぇ」
うた「で、結局口癖は何なの? え? まだ考え中?」
坂野「みっきー、それはどんな作品なの?」
うた「ディレクター、ねえ、ディレクターってば。……大体なんで僕がこんなことしなきゃなんないの?」
水木「今教えてあげる。うたぼーも知ってるとは思うけど……」
うた「一応僕アナウンサーなんだけど」
水木「……という馬鹿なことを言う男たちが……」
うた「暇だろうってそんな失礼な」
水木「……ところがなんと、驚くべきことに……」
うた「確かにニュース番組降ろされたけどさ」
水木「……というちょっと間抜けな……」
うた「そんな言い方なくない?」
水木「……さあ、この後一体どうなってしまうのか? ……」
うた「脅さないでくれよ。やらないとは言ってないよ」
水木「……という話なのよ」
坂野「わかった? うたぼー」
うた「わかった、わかったよ。黙ってやればいいんだろ?」
水木「そうそう! そういうこと。うたぼー賢い!」
うた「サラリーマンだからさ。嫌なこともやるよもちろん」
坂野「うんうん。よくできました」
うた「え? あ、今僕、スイッチ押しっぱなしで喋ってた? 水木の台詞とかぶってたって?」
水木「どうだった? お姉さんの説明は? 上手だった?」
うた「ごめん今のとこカットで」
坂野「あら、そうよね。私もそう思うわ」
水木「うれしーい」
うた「え? カットできないの? 時間ないから? マジで?」
坂野「じゃあ、今度は私の番ね。準備はいい? うたぼー」
うた「うるさいな、わかってるよ。この青いランプがついた時だけスイッチ押して喋るんだろ」
水木「そうだようたぼー。それじゃ、みっちーお姉さんのお話聞こうねー」
うた「……ったく何がみっちーだ。あの子そういうキャラじゃないよね」
坂野「うんうん。そうだね。じゃあいくよー。私が紹介する作品は『エルフ彼氏』……」
うた「ポチっと。これで喋ればいいんだろ? えーと、なんだっけ」
水木「ふんふん」
坂野「つまりね……」
うた「……お腹すいたうたー」
水木「なるほど!」
坂野「わかるでしょ? だからこそ……」
うた「焼き鳥食べたいうたー」
水木「わかるわかる!」
坂野「そこを突いているのが……」
うた「串焼きもだうたー」
水木「なるほど、鋭い」
坂野「でしょう。そういうわけで……」
うた「まずはとりあえずビールうたー」
水木「それは予想外!」
坂野「凄いわよね。どう? わかった、うたぼー?」
うた「へべれけになるまで飲むんだうたー」
水木「お、わかってるね、うたぼー」
坂野「私もそこは凄く共感するわ」
うた「俺の酒が飲めな……あたっ。ちょっとディレクター、ぶたないでよ。え? 何? また台詞とかぶってた? いや今回はちゃんと水木が喋ってる時は……え? 坂野さんとかぶってるって? ……だって、言わせてもらうけど、しょうがないじゃん。難しすぎるよ。二人の喋るタイミングわかんないし。……つーか大体僕、どういうキャラなの? 牛髑髏タウンって何? 妖怪?」
坂野「……それはきっと誰にもわからないことよね」
水木「きっと、無理して考えなくてもいいことなんだと思います……」
うた「いや考えようよ。そこは考えてませんじゃ済まされないでしょ。声優だって代わりを探そうよ。僕アテレコなんてできないよ。しかもぶっつけ本番なんて無茶だって」
坂野「……今日紹介する作品は以上ね」
水木「どうだった? うたぼー」
うた「飲み屋の場面じゃないのなんて知ってるよ僕だって! しょうがないじゃん台詞浮かばないんだから。ていうか台本は? なんでアドリブなんだよ。いくら何でも無計画すぎでしょ。ちょっとなんか言ってよプロデューサー!」
坂野「ふんふん」
うた「聞いてんの、ねえ、ちょっと!」
水木「なるほどねー、あ、大変、時間がない」
うた「時間がないって……だからってこれじゃほとんど放送事故じゃないか」
坂野「あらほんと。それじゃあ、お別れかしら」
うた「そうだよ。左遷されても知らないよ。前のプロデューサみたいにさ。とにかく、僕は降りるからね。悪いけど声あては誰か他の人探してよ。それじゃあね」
水木「はーい、また来週~」
坂野「また来週~」
うた「だから来週はもうやらないってば! ちょっとプロデュ……ブツッ」
チャララッチャラ~ン
*
坂野「……うーん、水木ちゃん、なんとか終わったけど……」
水木「慣れないと難しいですねー。でもだんだん、私の中でのうたぼーのイメージが固まってきましたよ。凄く可愛らしい感じに」
坂野「でも、もう放送、明日でしょ? 時間ないと思うけど……今から台詞考えるのよね? 時間考えたらギリギリ。それに、誰がやるのかしら、うたぼーの声あて」
水木「声優さんの手配、してあるんじゃないんですか?」
坂野「心配だなあ。あのプロデューサー、時々ブッキング失敗するでしょ」
水木「ああ、前もありましたね。そんで代役見つからない時はいつも柴野さん頼みなんですよね」
坂野「そうなったらえらいことだわ……」