涙の種
笑顔のとっても似合う、女の子のお話。
ある所に、女の子が住んでいました。
いつもにこにこ笑っているその子の笑顔が神様はとても好きでした。でも、神様は知っていました。もうすぐその子のお父さんが、病気で亡くなってしまうという事を。
神様は思いました。なぜ、あんなに幸せな子から父親を奪ってしまうのだろう。皆を幸福にする事が神の役割ではないのだろうか。神様は、別の神様に聞いてみました。その神様が言いました。
私達は、人間たち動物たちに試練を与えているのですよ。それからどう生きて行くかによって、その人の運命が変わって行くのです。幸福に成るのも、不幸に成るのも、その人が自分で選んだ道なのです。私達はただ、そのきっかけを作っているだけの事です。
その話を聞いても、やっぱり納得出来ませんでしたが、神様はその女の子を見守る事にしました。
何日か後に女の子の父親は突然倒れかえらぬ人となってしまいました。女の子の顔から笑みは消え、その家の灯も消えてしまった様でした。
毎日毎日、泣いていました。特に酷かったのが、母親の方でした。母親は、毎日泣き崩れ。子どもが居る事も忘れ、食事も取らず、家事も出来ず、ただ闇の中をさ迷っている様でした。
女の子は、そんな母親を元気付けて上げたくて、虹の絵を描いて見せたり。楽しい物語の絵本を読んで上げたりしました。
でも母親は、暗い闇の中から抜け出せず。小さな光にも気付かずに、俯いたままなのでした。
女の子は悲しくて、悲しくて。お父さんだけじゃなく、お母さんも、どこか遠くへ行ってしまうのではないかと。不安で仕方無くて。その日から女の子は泣く事を止めました。どんなに苦しくても、辛くても。お母さんの笑顔を取り戻したくて、健気に毎日出来る限りの笑顔を母親に注ぎ続けました。
子どものお陰で、ようやく光を見つけた母親は、まだ小さなその光を大きくする努力を始めました。さっぱりする為に、まず二人でお風呂に入りました。頭も身体も綺麗に洗って貰って、女の子はお母さんの為に歌を唄いました。
「太陽さん。ぽっかぽか。温ったかくって良い気持~♪ 風さんビュービュー吹いて来て、太陽さんがくしゃみする~♪」
女の子が作った歌でした。女の子の声はお風呂場の壁に反射して、柔らかく母親の心に染み込んできます。お母さんは少し、微笑みました。
それから二人でご飯を作りました。何日か振りのまともな食事でした。まだ幼い子どもは、自分で食事を作る事が出来ませんでしたから。果物を食べたり、買い置きのお菓子を食べたりして過ごしていました。
子どもの好きなハンバーグと、ホッカホカの温かいご飯と、お味噌汁。勿論お父さんの分も用意しました。
久しぶりの「頂きます」の声で、家の中に少しだけあかりが灯った気がしました。
でもお母さんは、まだ全部食べ切るだけの元気は戻っていません。それを見て、女の子は少しだけ寂しく思いましたが、負けてはいられません。次の日、母親を公園へと誘いました。
高い空、白い雲。母親は家から一歩足を踏み出し、青い空を見上げました。長い間そうして。そして女の子の手を取って、ゆっくりと歩き出しました。
公園のベンチに腰を下ろし、女の子の遊ぶ姿を微笑んで見つめています。電線で雀の親子が仲むつまじく、囁き合っています。
ふと気が付くと。女の子の小さな手が母親の膝の上に置かれて、小さな顔の中の大きな瞳が、心配そうにこちらを覗いていました。
「大丈夫よ……もう大丈夫。有り難う。」
母親は女の子を抱き上げました。女の子は、とても嬉しそうに顔を埋めました。そして何年か過ぎました。
母親は元気に外で働いて、女の子も小学生に成りました。
女の子は学校から帰っても、一人ぼっちでした。母親が帰って来るまでの数時間、女の子はたった一人で過ごすのです。洗濯物を取り込んだり、お風呂を溜めたり、テレビを見たり。
それから、電子レンジに入っているおかずを温めて、一人で食事をするのです。時々、涙が零れそうに成りました。
でも、女の子は我慢します。
泣いちゃダメ ‥ 泣いちゃダメ ‥
一人きりでいる事に、慣れる事は有りません。やっぱり二人が良い……三人が良い……。心が沈んで行きます。
「ただいま」
夜遅くに、母親が帰って来ました。女の子は毎日眠らずに帰りを待っています。
「おかえり!」
女の子の声が弾みます。
「又、起きて待っていたの? 寝てて良いのに。淋しく無かった?」
「うん! 大丈夫だよ!」
女の子は、精一杯の笑顔で答えました。
何だか最近のお母さんは輝いています。仕事が楽しくて仕方無いのです。女の子の心に、少しづつ闇が広がって居る事には、誰も気付きませんでした。母親も、女の子自身も……。
母親の休みは、土曜日と日曜日。この二日は、ずっと一緒に過ごす事が出来ます。女の子はその日が来るのを、とても楽しみにしていました。
ところがその日の朝。目が覚めると、女の子の様子がおかしいのです。笑顔はいつも通り素敵だけど、何だかいつもと違う気がしました。
気のせいかしら……母親は思いましたが、取り敢えず様子を見る事にしました。この頃から女の子は少しづつ変わって行きました。
心の中では泣きたいのに、顔は無理して笑って……心が、壊れてしまいそうでした。
神様は、そんな女の子を見て悲しく成りました。何か良い種は無い物かと考えて“涙の種”をプレゼントする事にしました。
その夜、仕事から帰った母親は娘の顔を見て驚きました。涙で顔を上げる事も出来ずに、ただ々泣きじゃくる娘に、オロオロするばかりです。
こんな事は初めてでした。今まで一度だって、こんなに泣いた事は無かったのに……。どうしたの? 一体何があったの?
……そう言えば……。娘が泣いた姿を最後に見たのはいつだっただろう。
……父親を失った時……?
でもあの頃の事は、母親も良く覚えていないのです。自分自身が失意のどん底にいて、毎日をどんな風に過ごしていたのか憶えが無いのですから。
ただ憶えているのは、娘がお風呂で歌を唄ってくれた事。公園で、心配そうに私の顔を覗き込んでいた事。そして、何時も楽しそうに笑ってくれていた事……
もしかしたら……。娘は私の為に、いつもいつも無理して笑顔でいてくれたのかしら……。泣きたくても、そんな気持を押し殺して、いつも笑ってくれていた……?
母親も涙が溢れて来ました。後から後から涙が零れます。
「今まで、お母さんの為に笑ってくれていたの? ありがとう。」
いつも、無理をさせていたのね……。
「ごめんね。もう大丈夫よ。泣きたい時には、泣いて良いのよ。我慢なんてしなくても……。言いたい事があったら、言って良いのよ。少しぐらい我が儘言ったって…怒ら無いんだから…」
母親の言葉を聞いて、女の子は零れる涙もそのままに、頷きました。女の子は思い切り泣いたので、何だか心の中がすっきりしました。きっと、心の中のモヤモヤが涙と一緒に流れてしまったのでしょう。
母親の心も、少し軽く成りました。今では毎日、お風呂も一緒に入り、ご飯も一緒に食べる様に成りました。女の子の笑顔は、一段と輝いている様です。
嫌な事は、涙と一緒に洗い流してしまうのが一番です。それにしても、あの娘に本当の笑顔が戻って何よりでした。と神様は、笑顔で言いました。
『お空の歌 作・女の子』
太陽さんぽっかぽか、暖かくって良い気持。
風さんビュンビュン吹いて来て、太陽さんがくしゃみする。
雲さん慌ててやって来て、太陽さんを包んじゃう。
太陽さん気持良い。そのまま寝ちゃって夜になる。
星さん達の子守唄、月さん雲のお布団で、スヤスヤぐっすり眠ったよ。
おしまい。
ある漫画で、主人公が幼い頃に父親を無くして、そのショックから、母親が 帰って来なかった…と言う話しを読んで、思い付いた お話しです。