病気の種
お母さんと家族のお話し。
人間には寿命があります。天寿を全うし老衰で亡くなる者。病気で長く生きられない者。事故に巻き込まれ亡くなってしまう者。自ら命を落とす者。神様は人間界を覗き見ました。
なぜ人は幸福に生きて行けないのかと、いつも心を痛めていました。全ての人を幸福へと導きたいと思っていました。でも神様にはランクがあって、この神は成り立てのほやほや。まだ下っ端なので、どうする事も出来無いのでした。
ある日のこと、いつものように人間界を覗いていると、深い溜め息が聞こえて来ました。その声の持ち主は、幸せそうな家庭のお母さんでした。
「毎日毎日ご飯を作ったり、洗濯したり、掃除したり。……同じ事の繰り返し……。夫も子ども達も、それが当たり前だと思って感謝もしてくれない。それどころか、飯が不味いとか部屋が汚いとか文句ばかり……。私が病気にでも成れば少しは心配してくれるのかしら……」
ソファーに身体を埋める様に座り、溜め息交じりに呟きます。
これを聞いた神様は無性に腹が立って来ました。世の中には長く生きたくても生きられない人がいる。望みもしないのに病気に掛かる人もいる。それなのにあの者は……。生きているだけで幸せでは無いと言うのか。そうだ。あの者の望みを叶えてあげよう。
『あなたの望みを叶えましょう』
「ん? 何? 空耳かしら……、何か聞こえた様な……」
翌朝、何だか母さんは身体がだるくて起きる事が出来ません。身体の調子が悪い母さんに、家族は誰も気が付きません。
「何だ、寝坊かだらしない。何やってんだ全く! 会社に行って来るからな!」
父さんは腹を立て、怒ってそう言うと会社へ出掛けて行きました。
「早くしてよ! 学校に遅刻するでしょ!」
と子ども達も怒って、学校へ行ってしまいました。母さんはどうにか布団から起き上がろうとしましたが辛くて、苦しくて、炊事も、掃除も、洗濯も、何もする事が出来ません。そのまま倒れる様に眠りにつきました。
ただいまと、子ども達が学校から帰って来ました。
「おやつは~? お腹すいた~」
(何だか部屋の中が散らかってるな~。そうか、朝のままだ。母さんは何やってたんだろう?)
これで何か買ってきて食べなさい。母さんは布団から起き出してお金を渡しました。
(今日のお母さん何だか変だな‥眠いのかなぁ)
子ども達だけでお店に行った事が余りありませんでしたから、二人はランドセルをほおり投げて喜んで買い物に行きました。
「何だ、この散らかり様は。だらしない!!」
夜遅くに成って帰って来た父さんが怒って言いました。子ども達が食べ散らかしたお菓子の袋やジュースの空き缶。朝食べた後の茶碗やコップ。脱ぎ散らかした服。ランドセル。プリント。オモチャなどが散らかり放題です。
父さんは、会社で上司に注意され部下から不満を言われ、くたくたに成って帰って来たのでした。それなのに家の中は散らかり放題です。父さんは母さんの病気には気付かずに怒って寝てしまいました。
又、次の日の朝になりました。この日も母さんは起きて来ません。父さんはやっと、母さんの具合が悪い事に気付きました。
父さんは子ども達を起こし、パンを食べさせ学校へ行かせました。そして仕事を休んで母さんを病院へ連れて行きました。
(大した病気でも無いのに大袈裟な事だ。今日は大事な会議があったのに! 会社を休まなくてはならなくなった。)
父さんは心の中でそう思っていました。
ところが病院へ行ってみると、原因が分からないのですぐに入院する事になったのです。それでも父さんは心配していません。まだ院なんて大袈裟だと思っていました。
家に帰った父さんは、仕方無く片ずけを始めました。脱ぎ散らかした服、靴下。食い散らかしたお菓子の袋、空き缶、アイスのゴミ。一つ一つ拾って行きます。それが済んだら掃除機をかけます。
リビング、ダイニング、畳の部屋、ローカ、子ども部屋。父さんは汗だくになりながら続けます。今度は溜まった洗濯物。
洗濯機の使い方がよく解りません。説明書を読みながら洗濯機を動かします。次はお風呂の掃除です。父さんはびしょ濡れに成りながら頑張ります。
洗濯機が、終わりの合図を出しました。干し方も分からないけれど……一枚一枚干して行きます。
次はご飯の準備。まずお米を研ぎます。水加減が解りません。適当に水を入れてスイッチオン!
おかずは……
「買って来よう……」
(家事って大変なんだな~。今まで一度も手伝った事が無かったから、こんなに大変だなんて思わなかった)
父さんは少し反省したし、毎日家の事をしてくれて有難うと母さんに感謝もしました。
ただいま、おやつは? 子ども達が学校から帰って来ました。
カバンを放り投げ、上着を脱ぎ捨て、みるみる間に部屋は散らかって行きます。父さんは大爆発です。
「今、片付けたばかりなのに!カバンも、靴も、上着も、今すぐ片付けろ~~~!」
父さんは真っ赤になって怒ります。
「母さんが入院する事になった。お前達も家の手伝いをする様に!」
そしてそう言いました。
父さんの仕事は洗濯をし干して、朝食を作る事。子ども達の仕事は、学校から帰って来てまず散らかさない事、それが第一条件。それから、部屋の掃除とお風呂の掃除、洗濯物を取り込みたたむ事。
父さんの仕事の方が少ない!! 不公平だ!! と文句を言ったけど、父さんには仕事があるし、子どもは二人居るので分担してやる事に成りました。次の日から家事スタートです。
父さんは朝早く起きて、まず始めに洗濯機をスタートさせます。次に目玉焼きを作り食パンを焼き、子ども達を起こして食べさせます。
子ども達は、「焦げてる~」「苦~い」「不味いっ」と、文句を言いながら食べます。父さんは朝食を取る間も無く洗濯物を干します。
子ども達の世話も大変です。早く起きなさい。顔を洗って、早く着替えて、ご飯を食べて!準備はしてあるのか? ハンカチは? 宿題はしてあるのか? 朝からバタバタし通しの父さんは汗が止まりません。
(母さんは、毎朝こんなに忙しい思いをしていたのか……)
と父さんは又、反省しました。そしてそれぞれの会社や学校へ出掛けて行きました。
夕方になり、子ども達が帰って来ました。鍵を開けて、家の中に入ります。「ただいま~」しんと静まり返った部屋の中には誰も居ません。おかえりーの声が聴け無くて、少し寂しい気がしました。
テーブルの上にお金が置いてあります。『おやつ代』と書いてありました。又、少し寂しい気持ちに成りました。
ランドセルを机の上に置き。二人でおやつを買いに行きました。帰宅しておやつを食べてから。お兄ちゃんは掃除機を掛けて、お風呂掃除。弟は洗濯物を取り込んで、たたみます。
慣れ無い事に時間も掛かり、終わった頃にはもうくたくたでした。
(お母さんは、いつも家に居てくれて、必ず「おかえり」と言ってくれて。おやつも、いつも作ってくれていて。お掃除とか、洗濯とか、毎日大変だっただろうな。)
と、二人は思いました。そしていつもありがとう。と思うのでした。
父さんが早く帰って来ました。そして母さんのお見舞いに行きました。母さんはベッドに寝たままで、起き上がりませんでした。何だか少し、痩せたみたい。三人は、母さんの事が心配に成りました。
何日も入院しているのに、ちっとも良く為らないのです。父さんと子ども達は祈りました。
母さんの病気が早く良く成ります様に。
その思いが少しだけ通じて、何日かして母さんは歩ける様に成りました。
母さんは、同じ病棟の付き添いの人と話しをする様に成りました。その人の子どもは、十歳で発病したそうです。
幼い頃から活発で。女の子だけど野球に憧れて。少年クラブに入り、毎日遅くまで泥だらけに成っていたそうです。でもその日は突然やって来た。一万人に一人が掛かると言われる病気。
「この世に神様は、居ないんだなと思ったワ」
とその人は話します。
「でもね、病気で寝たきりになったあの子が、いつもいつも笑ってくれるの。とても……とても楽しそうに笑ってくれる。それなのに、私が泣いている訳には行かないものね!」
「今は一緒に笑って、一日一日を、大切に大切に生きているのよ!」
その人は屈託なく笑いながらそう言いました。母さんは凄く後悔しました。私は何て愚かだったんだろう。健康で、元気に過ごしている子ども達がいて、私も父さんも健康でいられたのに、不満ばかり言っていた……。
病気になれば……なんて。なんて馬鹿な事を望んでしまったんだろう。これは、そんな事を望んだ私への罰なんだ。……そんな事を望んで……御免なさい。母さんは、深く深く心から後悔しました。
その夜、家族は同じ夢を見ました。神様が現れて言うのです。
『この世には、望んでいないのに病気に成ったり、事故に合ったり、他の者の手によって幼くして亡くなる命があります。貴方がたには、平凡では有るが幸せな家庭があり、健康な家族がいる。』
『どうか時々で良い、そんな人達の幸せを祈って欲しい。』
『お母さんに植えた種を、取り除いて上げましょう。』
何とも不思議な夢でした。目が覚めて、四人は祈るのでした。皆が幸せになれる様にと。
明くる朝父さんと子ども達は病院に行きました。母さんが元気に成っていました。父さんも子ども達も心から喜びました。
何日かして、ようやく母さんが退院する日が決まりました。父さんと子ども達は、母さんが帰って来た時に気持ちよく過ごせる様に、一生懸命に掃除をしました。そして母さんを病院に迎えに行きました。
家の中が、綺麗に片づいています。テーブルの上には美味しそうな料理が並んでいました。
「母さんが入院してから料理の勉強をしたんだ。これからは、たまに作るよ」
と、父さんが言いました。
「僕達も毎日片づけや掃除を頑張ったよ。お母さん、毎日有り難う。これからは家の手伝いするからね」
と子ども達が、にっこり笑って言いました。
母さんは本当に嬉しくて、父さんと子ども達と病気にも感謝しました。
なぜなら、病気に成った事で色んな人達の思いを知り、暖かさを知る事が出来たのですから。
「それにしても…。あのお母さんの言葉に腹を立てるとは、私もまだまだ未熟だな」
神様はニッコリと満足そうに笑い、呟きました。
おしまい。
このお話しは、自分の体験?です。
度田舎から、少し都会に引越した頃。心が 病んで居ました。
子ども達に「私は、家政婦じゃ無い!」と何度言ったか 分かりません。
お風呂場で、気付かれ無い様に 泣いたりしてました。
自分でも、このままじゃまずいと 思って居ました。
そんな頃の話しです。