双子と僕の鎮魂曲
短編5作目です。
( 。・_・。)っ見て行ってください。
僕、有栖修輔は出し忘れて期限ギリギリになっていたレポートを提出する為大学へ来ていた。提出を無事に期限内に済ませ、講師とついつい長話をしてしまい、気付いた頃には既に空が夜に染まり、道路には街灯の明かりが灯っていた。
不味いな、このままだとバイトに遅れる……自分が巻き込まれ体質なことを理解しているからいつも早め早めに行動しているのに失敗した……これから向かうバイト先はそれほどうるさくない、むしろ多少遅れようが何も言われないが、だからって急がないわけにも行かない……
「よ~有栖」
急いでバイト先に向かおうとする僕の背中に声をかける奴が居た。立ち止まると頭の軽そうな男が気安く肩を組んで来た。
はぁ、鬱陶しい奴に見つかった……こいつは吉川、高校は違うが中学が一緒だった奴で大学で再開して以来妙に馴れ馴れしく接して来る、ちなみに名前は覚えてない。
「これからサークルの女の子と遊びに行くから数合わせに付き合えよ~」
笑顔で誘ってくるけど、正直僕はこいつとあまり関わりたくない、こいつ自体は粋がっている雑魚なんだけど悪質な奴らとの繋がりが有るって噂だ、弱者と判断したものに対しては容赦ないし、碌な奴じゃないことは確かだ。
「ごめん、これからバイトなんだ」
幸い今日は予定が入っている、あまり断りすぎると目を付けられて面倒なことになるけど今日は機嫌が良いみたいだ、あっさりと諦めてくれた。
「ち、しかたねぇな、まぁいいや代わりに金貸してくれよ、ちょっと厳しいんだ」
何をふざけた事を……こいつに金を貸して返って来たなんて話聞いた事も無い、そんな奴に易々と貸せるかよ。
「僕が苦学生だって分かってて言ってるなら怒るよ」
「んだよ、冗談だって、じょ~だん」
吉川は笑いながら去って行く、今日は本当に機嫌が良かったんだな、なんとか波風立てずにやり過ごせた……
「ほんと、面倒な奴……」
「声に出てるよ、気を付けた方がいい」
いつの間にか誰かが背後に近づいていたみたいだ、振り返り確認すると大学に通うようになってから知り合った七海一之が無表情で立っていた。こいつはいつも無表情だ、もっと愛想良くすればもてる顔立ちなのに、もったいない……
「あぁ、忠告どうも」
「ん……」
頷くとそのまま僕を追い抜き帰って行った。
っと、見送っている場合じゃない、急いでバイト先に向かわないと!
大学を後にして駅前に移動する、そこから裏路地に入り少し進んだ所に今日の僕のバイト先は有る。
月村探偵事務所、以前巻き込まれ体質のせいで関わった事件で知り合った月村悠兎さんがやっている探偵事務所という名の何でも屋だ。
僕はここのアルバイト、依頼なんかには関わらないけれど、雑務やデータ整理が僕の担当だ。
「お、アリス丁度よかった。これからちょっと依頼こなして来るから机の上の会計報告纏めてデータ化しといてくれ、今みんな出てるし、俺は2時間ぐらいで戻るから留守番もヨロ!」
僕が事務所に入ると同時にここの主、悠兎さんが慌しく出かけて行った。
事務所の中には誰も居ない……
「バイトだけに留守番任せて大丈夫なのか?」
まぁいいか、それより仕事だな、会計報告を纏めるって言ってたけど……どれ?
データ管理に使っているノートパソコンの乗っているはずの机の上には、書類やファイルが乱雑に置かれていてノートパソコンがそこに有るのかも分からない状態だ。
おかしいな……前のバイトの時にきちんと整理したはずなのに短期間の間にどうやればここまで散らかせるのだろうか?
「はぁ……まず、整理からだな……」
一時間ぐらいかけて机の上と周辺を整理してパソコンと整理する書類を発掘する、それを更に一時間かけてパソコン内に整理して保存、これで僕の仕事は終了っと。
悠兎さんが帰ってくるまで事務所の掃除をしておこう、今日このままにして帰ると次に来た時に事務所内が腐海になっている可能性がある、直接来た依頼人の対応もここでするため腐海化を見過ごすのは色々不味い。
悠兎さんや他の人も個々の能力は規格外なんだけど、めんどくさがりって言うかずぼらなんだよね。
「ただいま~」
掃除が終わるのを見計らったかのように悠兎さんが帰ってくる、まぁ、実際に見計らっていたんだろう、2時間で帰るって言って出たのに今は既に3時間経っている、悠兎さんが時間を見誤るなんて考えられないから(この人はそれぐらい規格外だ)たぶんそうだろう。
「お帰りなさい悠兎さん、今日の仕事は終わりですか?」
普段から与えられた仕事を終えれば先に帰っても良いと言われているけど、確認をした後帰ることにする。
「あ、そうだアリス、やっぱりお前正式にうちに入れよ」
帰り際にそんなことを言われる……
「はぁ、またですか? 何度も言ってると思いますけど、僕は規格外なここの人たちと違って一般人なんですよ、依頼に付いて行ける訳ないじゃないですか……」
いつものように軽く流して事務所を後にする、さて、今日の晩御飯は何にするかな……
事務所を出た僕はもう帰るだけなので、のんびりと裏路地を歩きながら冷蔵庫の中身を思い出し晩御飯のメニューを考える、大学に通うために親元を離れ一人暮らしをしている僕に外食なんて贅沢出来る訳が無い、仕送りも必要最低限しかもらっていないため、バイトをしているとは言っても常に金欠なのが今の僕だ、当然今日も冷蔵庫内の物で作れる物で晩御飯を済ませる気だ。
晩御飯に思考を飛ばす僕の目が、キョロキョロと何かを捜している風な女子高生を捕らえた。
正面から徐々にこっちに進んでくる様子に嫌な予感が募る。
「あ、すみませんちょっとお聞きしたいんですけど……」
僕の前まで来たその子は遠慮がちに声をかけて来た、不味い、また僕の巻き込まれ体質が発動したかもしれない。
「この辺りに月村探偵事務所が有るって聞いて来たんですが、どこか知りませんか?」
もしかして依頼人かな? これは、巻き込まれない訳にはいかなくなったかもしれない……
まだそんなに遅い時間じゃないけど、辺りも暗くなり、この辺りは駅前に近いとは言え女の子が一人で歩いているのは好ましくない場所だ、少なくとも事務所までの案内はしなくてはいけないかな? 仕方ない、何か有っても目覚めが悪いし巻き込まれるとしようか……
「依頼人?」
「え? は、はい、そうですけど……」
ちょっと警戒されたかな? まぁいいや、さっさと案内してしまおう。
「付いて来て、案内するよ」
背を向けてさっさと歩き出すと、女の子は慌てて後を付いて来た。
肝が据わっているのか? ただの世間知らずか? 普通のこのこ付いて来ないと思うけど……それだけ切羽詰った何かが有るのかも知れない、まぁ、悠兎さんに依頼を持って来るぐらいだから何か有るんだろう。
「えっと、事務所の方ですか?」
無言で歩くのに堪えられなかったのだろう、隣に並んだ女の子が話しかけてきた。
「まぁ、一応、雑務担当のバイトだから、君の依頼を聞くのは僕じゃないけどね」
その後も適当に話しているうちに事務所まで戻って来た。
悠兎さんは、うん、事務所の電気は付いてるまだ帰っていないな。
「お!? アリス? どうした? 忘れ物か?」
事務所に入るとパソコンの前に座っていた悠兎さんが慌てた様子で蓋を閉じ立ち上がった。
悠兎さん、パソコンで何見てたんですか?
まぁいいや、そんなことより依頼人の女の子を紹介しないと……
「いえ、帰る途中で依頼人を見つけたので連れて来ただけです」
「お! そうかんじゃ話を聞こう!!」
悠兎さんが接客スペースのソファーに座り対面のソファーを女の子に勧める、さて僕はこの辺で……
「アリス! 彼女に飲み物を」
帰る訳にもいかないみたいだ、お茶の準備をしていると悠兎さんと女の子の話す内容が耳に入ってくる。
彼女の名前は天野美菜、この近所の高校に通う三年生らしい。
「那美を、双子の姉を死なせた犯人を捕まえて欲しいんです!」
天野さんの双子の姉は数日前事故で亡くなった事になっているそうだ、その事故現場が姉の行動範囲と大きく違っていたことと、天野さん自身が長い間ストーカー被害に遭っている事で、自分と姉がそのストーカーに間違われ、逃げている最中の事故、つまりストーカーのせいで姉が死んだと考えたようだ。
「詳しく調査してみる価値はあるか、分かった、その依頼引き受けよう!」
悠兎さんはあっさり引き受けることを決めたようだ。
「でも、今更なんですけど依頼料は……」
天野さんが不安そうに訊ねて来る、普通の女の子がこういった場合の相場を知っている筈も無い、いくらかかるか不安なのだろう。
「可愛い娘なら後払い分割も可だから気にしなくていいよ~」
悠兎さんはそう言うが、また他の人に叱られるんだろうなぁ、反省する気が無いのは分かりきってるけど……
「それじゃ、アリス、お前は暫く彼女の護衛だ」
「いやいやいや、何言ってるの? 一般人の僕に護衛なんて出来るわけ無いでしょ?」
いつも通りの反論をする僕に悠兎さんは意地の悪い笑みを浮かべる。
「じゃあアリスはストーカーに狙われている彼女をこのまま一人で帰すのか? 俺? 俺はまだ仕事があるからな、暇なお前に任せる」
う、悠兎さんが動かないなら確かに彼女を護衛するのはこの場に僕しか居ない、まったく、他の皆はどこに行ってるんだ!
「わかったよ……天野さん、今日は僕が送って行くから帰ろうか、依頼の方はここの人たちがきっちりこなしてくれるから大丈夫だよ」
天野さんを促し事務所を出る、依頼の話が結構長引いたみたいで結構遅くなったな……タクシーを拾うか、いや、僕にそんな金銭的余裕は無い。
「えっと、駅までで大丈夫ですよ」
そう? まぁ駅まで行けば、まだ人通りも有る、ストーカーに襲われたりもしないだろうけど……家までずっと人通りのある道なのか? 天野さんに尋ねると……
「大丈夫ですよ、駅から家までの道で怪しい人が居たらすぐ分かりますし、大声を出せば人も来ます」
そう言うので送るのは駅までにした。まぁ、会ったばかりの僕が家まで付いて行く訳にも行かないしね。
あと悠兎さんに言われた護衛だけど昼間は要らないみたいだ、明日また事務所に顔を出すから、駅から事務所までの護衛を頼まれ、今日より少し早い時間に駅前で待ち合わせってことで決まった。
「それじゃあアリスさんまた明日……」
「あ~、ちょっと待って、僕のことはアリスって呼ぶなら呼び捨てにして、それか名前で呼んでくれないかな? 有栖修輔、出来れば修輔で呼んで、苗字で呼ばれるのはあまり許容したくないんだ……アリスって女の子の名前だろ?」
「はい、分かりました。修輔さん」
その後天野さんを見送り帰路に着く。
これで僕は間違いなく今回の件に巻き込まれるな、たとえ逃げても何らかの形でこの件に引き寄せられる、今までの経験上、僕の巻き込まれ体質はここまできたら回避しようが無いことを僕は分かっている。
なら、自分から関わって行くしかないな、その方が後手に回らずに済む確率が高い。
仕方ない、ちょっと頑張るか……
次の日、空が夕闇に染まる頃、駅で天野さんと待ち合わせ一緒に事務所まで来ていた。
事務所内には悠兎さんのみ、他の人は今日も外に出ているようだ。
「どうやら、美菜さんの予想が当たってたみたいだな……」
昨日と同じようにソファーに座り、悠兎さんが天野さんに今日一日で調べたことの報告をする。
「事故現場は那美さんの行動範囲外だ、何か特別な理由が無い限り那美さんが近づく事は無いだろう、あと、現場からなくなっている物がある……」
「那美のバッグですね」
悠兎さんが言葉を切ったところで天野さんがすかさず答える。家族が気付かないわけ無いか。
「そうだ、警察は誰かがくすねて行ったと考えたようだが……怠慢過ぎるだろ、那美さんがストーカに狙われている、この場合は那美さんと美菜さんを間違えたみたいだが……その上に持ち物まで無くなっている、普通に考えたら事件性を疑うもんだろ?」
まぁそうだろうね、それで天野さんは警察が当てにならないと思ってこんな所まで依頼に来たんだろうなぁ。
「最初は自分を囮にしてストーカーを捕まえて吐かせようと思ったんですけど……」
事件のあった日以来、天野さんの回りからストーカーの影がぱったりと消えたと言う、そのストーカー、ますます怪しいことこの上ない。
「もうそのストーカーが犯人で良いな……あと自分を囮にってのは最後の手段にしておいた方がいい、と言う訳だから、アリスは引き続き彼女の護衛だ」
まぁ、もう関わると決めたからやるけど、僕よりも悠兎さんやここの他の人の方が適任だと思うんだけど……と言うと、悠兎さんや他の人は別の件で忙しいそうだ。それなら仕方ない。
「アリスが荒事向きじゃないのは分かってるから無理はするなよ、もし何かあったら連絡しろ、近くに居る奴を行かせるから」
「はい」
この日は簡単に現状確認と報告だけで、遅くなる前に天野さんを帰すため駅まで送って行った。
天野さんを見送った僕は事故の現場に足を向けた。既に辺りは夜の闇に暗く染まっているけど、悠兎さんが事件のあったのと同じ時間帯に現場の様子を一度確認しておけ、と言っていたので今から行くことにした。
事故現場はとある坂道だ、下り方向に向かって右側が舗装されているが崖になっている、腰辺りの高さの申し訳程度のフェンスが有るけど、気をつけないと簡単に落ちそうだ。
「実際、那美さんはここから転落して亡くなってるんだよね……っと、あそこかな?」
坂の頂上付近のフェンスに一箇所だけ歪んでいる場所が有る、暗くてよくは分からないけど他には無いみたいだからここから那美さんは落ちたのだろう……
素人判断だけど特に変わった所は見受けられない、もう調べつくされているだろうし僕に発見できることなんか無いだろうなぁ。
続いて、坂を下り崖の下に回る、那美さんの遺体の発見された場所だ、事件の痕跡は雨などで消えていて、ここが事件現場だと思わせるのは道端に供えられた少し枯れた花束のみ……では無いな、花束の横に有るのは……バッグ?
ちょっと待ってよ、え? バッグ? さっき事件現場から那美さんのバッグが無くなっているって話してたばかりじゃないの?
「下手に触らない方が良いよね?」
誰にとも無く確認するが返事は帰って来ない、直ぐに携帯で悠兎さんに連絡を入れる。
バッグの件については任せろと言われたので僕はこのまま帰路に着く。
あのバッグ、おそらく現場から無くなっていた那美さんのバッグだろう、最初の捜査でいい加減なことしている警察がまともな対応をするとは思えない、バッグを持っていった者が返しに来たのだろう、ぐらい適当にしか処理しないだろうな……ま、そこは悠兎さんが上手くやるか。
さて僕はどうしようかな? 事件現場を見てもバッグをみ付けた以外は特に何も分からなかったし、このまま天野さんの護衛を続けて様子見かな? ま、こっちも悠兎さんが何か考えるだろう。
僕は出きる事をやっていこう……
次の日、今日も夕方には天野さんとの待ち合わせがある為、他のバイトは休ませてもらった。そして大学で昼までの講義を終えて昼飯を食べに駅前までやって来た。本来なら苦学生の僕は家に帰って自炊する所だけど、帰り際に七海が奢ってくれると言うのでこうして外食に来たわけだ。土曜ともなれば人も多くどこも込み合っている。例外も有るけど……たとえば。
「牛丼?」
早い安い美味いけどもっと他にいい物が有るよね? 奢りだから文句は言わないけど……
で……昼食を奢ってくれるってことは、僕に何か用が有るんだろう? 店から出て直ぐに七海は何か言いたそうにそわそわし出した。普段無表情なこいつの貴重な場面を見たようだ。
「頼みたいことが……」
「ごめん、急用が出来た!」
七海が何か言いかけたけどそれ処じゃない、人ごみの中に近所の高校の制服に身を包んだ天野さんを発見した。彼女や彼女の友達と一緒と言うなら問題は無かったのだけど、今彼女に声をかけているのは吉川だ。しかも柄の悪いやばそうな奴等と一緒に居る、噂じゃ誘拐まがいの強引な軟派は日常茶飯事らしいから悪い予感しかしない。これも僕の巻き込まれ体質が原因じゃないよね?
少し不安になりながら七海をその場に残し天野さんの元に急ぐ、吉川! 本当に面倒臭い奴だよなぁ!!
「良いから来いって」
僕が到着すると、丁度天野さんが吉川に腕を掴まれたところだった。
「あ~吉川、ストップ、ちょっと待ってくれない?」
あまり触りたくないけど、腕を掴まれてる天野さんはもっと嫌だよね、僕が触るのが嫌だとか言ってられないか、仕方なく吉川の手を掴み止めに入る。
いいところを邪魔されたからか? 周りに取り巻きが居るからか? 吉川は直ぐに不機嫌そうな目を僕に向ける。
「んだよ!? あ? 有栖じゃねぇの? 何邪魔してんだ……殺すぞ」
いきなり殺すとか、こいつ頭大丈夫か?
「なになに? 和君、こいつ知り合い? てかぶっ殺しちゃっていいの?」
周りの奴らも同類か……鬱陶しい。それと和君ってのは吉川の名前か? どうでも良いけど……なんだかどんどん心が冷めていく感じがする……こいつのこと殴っちゃいそうだ。
「この子、バイト先の娘さんなんだ、見逃してやってくれないかな?」
とりあえず適当な理由をでっち上げて説得を試みる、多分無駄だけど……
「んなの知るか! いいから離せよ、俺らはその娘と楽しく遊びにいこうとしてるだけなんだからよ!」
どうみても、天野さんは嫌がってるからね、まぁ、エアーリーディングする気は無いんだろうなぁ……
吉川は僕の手を振り払おうとするけど、僕は力を込めてそれをさせない、駄目だこいつ、僕なんかの力も振り払えないなんて、本当に雑魚だ。
「ちょ、何舐めたことしてくれてんの? 殺っちゃうよ? 殺っちゃうよ?」
周りの奴が騒ぎ出した、手にナイフを持ってって馬鹿か!?
「吉川バリアー!!」
掴んでいた吉川の手を捻り背中に回し前に突き出す、これで僕よりも先に吉川にナイフがとどくだろう、これでもう少し時間が稼げれば……
「てめぇ、俺達を誰だと思ってやがる! 舐めた真似してと後で酷いぞ!」
あんたらが誰かなんて知らんよ、それと後で酷いって、ガキか……
「三流組織のへぼ構成員が大きな口叩くもんじゃないよ~」
「ぶべ!」
ナイフを出して叫んだ男が何者かに背後から襲われて一撃で気絶させられる。
「やっと来た、天野さん、もう逃げても大丈夫だよ」
「えっと、ありがとうございます?」
戸惑った顔をしていたけどうまく逃げてくれた、後はこの場をどう収めるかだけど、うん、大丈夫そうだ、僕が捕まえている吉川以外は早々に気絶させられてしまっている、流石月村探偵事務所の社員は腕っ節が違うね。
そう、僕は吉川達と対峙する前に悠兎さんと携帯で連絡をとっていたんだ、直ぐに近くに居る人を向かわせるって言ってくれたけど予想以上に早い到着だった。
「有栖、こんなことしてどうなるか分かってるんだろうな?」
負け犬、吉川が言ってくるが……こっちの台詞だ。
「君こそ分かってる~? うちの、月村の社員に手を出しておいて、まともな生活に戻れるなんて思ってないよね~?」
吉川たちにとっては襲撃者である僕の援軍、事務所の社員で、御剣心さんは不敵な笑みを浮かべ吉川に迫る。
心さん美人だから至近距離で微笑まれるとドキドキするけど、今の心さんの笑顔は笑っていない、吉川を違う意味でドキドキさせている。
「つ、月村?」
「なに? 月村の名前も知らない? え~、アリス君駄目だ、この子三流どころか月村の名も知らない一般人だ~」
心さんが呆れたように言ってくるけど、吉川がただ粋がってるだけの雑魚だということ、そんなのは分かっている。
「知ってますよそんなこと、ただ、依頼人に手を出していたみたいで正直普段から鬱陶しいと思っていたので……」
「そっか~、依頼人に手を出しちゃたか~、君~運が無かったね~、大丈夫、私達が君を立派な人間に調教……もとい、更正してあげるからね~」
あ~あ……月村の依頼人に手を出したことを後悔するといい、ま、吉川は自覚して無いだろうけど、心さんの調教を受ければ今までのように鬱陶しく絡まれる事もなくなるだろう……
「それじゃ心さん、後お願いしますね」
「オ~ケ~、任せといて~」
あ~あ、七海ももう居なくなってるな、まぁいいか、何か頼みごとが有ったみたいだからスルーして昼飯だけご馳走になったってことで、儲けたぐらいに思っておこう。
「ふふ、なんだ……生きてるじゃないか、そうだ、あれは夢だ、彼女が僕を拒むはずが無い、僕はこんなに彼女を愛しているのだから、ふふ、ははは、あははははは」
ん? 何か聞こえたかな? なんか凄く気持ち悪い声が聞こえた気がしたけど……吉川に触ったせいで幻聴でも聞こえたかな? はぁ、憂鬱ださっさと帰ろう……
「で昨日現場を見て何か分かったか?」
今日も夕方に天野さんと待ち合わせをして事務所に向かった。今日は悠兎さんの他に心さんも事務所待機のようだ。相変わらず他の人は出ている様だけどね。
「なにも、暗かったし僕は素人だよ、バッグ以外には何も無かったよ」
「バッグですか?」
「そう、直ぐに確認の為に連絡が行くと思うけど、現場から無くなっていた那美さんのバッグらしき物が昨夜見つかったんだ」
「なら捜査の方は!」
警察も改めて調べるようになるのかと期待したのだろうけど。
「残念ながら変わり無し、バッグを持って行った者が罪悪感から返しに来ただけだろうって、またいい加減な判断をしたな」
と言うことは、依頼は引き続き継続、天野さんのストーカーを捕まえて事情聴取をする。でも手がかりが何も無いんだよね、事件以来ストーカも影を潜めているみたいだから天野さんを囮にすることも出来ないし……手詰まり感が有る。
「手が無いわけじゃない」
悠兎さんが何か考えが有るのか、提案してくる、僕と違いこういったことで作戦が立てられる悠兎さんは素直に尊敬する。
「まぁ俺の予想だが、事件後ストーカーは美菜さんにちょっかいを出すのは控えているが、監視していない訳じゃないと思うんだ」
「あぁ~、だったら煽ったら勝手に出てくるかもね~」
心さんが悠兎さんに続く、確かに二人の言うようにストーカー相手ならそれでいけるかもしれないけど、結局天野さんを囮にするってことだよね? 危険じゃないか?
「分かりました、具体的にはどうしたらいいんですか?」
僕の心配を他所に天野さんはあっさりと作戦を承諾する、むしろ自分を囮にすることに積極的だ。
「いいの!? 危ないよ!」
僕の言葉にも大丈夫と言い詳しい段取りを進める、作戦はいたって簡単だった。
僕と天野さんがデートする→色々見せ付ける→ストーカー切れる→僕達の前にストーカー登場→尾行していた悠兎さんと心さんが取り押える……以上だ。
そんなにうまくいくものなんだろうか?
「明日は日曜ですし早速やりましょう!」
天野さんノリノリだな~、もうちょっと危機感持った方がいいと思うよ……
結局、次の日作戦は実行された。
僕は普段より多少着飾り駅前で天野さんを待つ、作戦を立てている時に僕より悠兎さんが彼氏役をやったほうが安全なのでは? と聞いたら……
「いや、アリスは巻き込まれ体質だから作戦から外しても意味が無い、むしろ中心に据える方がフィールド効果で有利になるんだ」
なんかゲームみたいなことを言われた。僕の巻き込まれ体質が完全にスキル扱いだ。
ま、今回はしっかりと巻き込んでもらって、さっさと依頼を解決しよう。
「修輔さん、お待たせしました!」
意気込んでいると、普段と変わらない格好の天野さんが息を切らせて駆けて来た。
うん、多少とは言え着飾って来たのが少し恥ずかしくなる。
「急がなくても大丈夫だよ、待ち合わせにはまだ時間が有るしね」
僕は心さんに言われ待ち合わせの30分前から待っているだけだ、現にまだ待ち合わせまで10分位ある、遅れていないのだから天野さんが急ぐ必要は無い。
「じゃ行こうか? どこか行きたい場所はある?」
「デートなんてしたこと無いので……」
「僕も無いけどね……」
作戦上映画館やカラオケといった場所は好ましくないかな? 遊園地とか簡単に移動できる距離には無い、ここは心さんの用意したプランに従って行こうか?
「はい、それで行きましょう!」
天野さんの了承も得て、僕達はデート(偽)を始めた。
とは言っても、一緒にウインドウショッピングをしたり、買い食いしたりと適当に回っただけなのだが、天野さんは思いのほか楽しんでくれているようなので、振りとは言えデートとしては成功だろう。
後はストーカーが出てくるかどうかだよなぁ……
「修輔さん次ドコ行きましょう?」
天野さんはなんだかすごく楽しんでいるように見える、もしかして本来の目的忘れちゃってる?
「まぁ良いけど……そうだね、天野さんはああいうのは興味ある?」
ふと目に付いたアクセサリーの露店を指して言う、これも心さんの指示なんだけど、デート中に何かプレゼントしろって、苦学生舐めるなよ……バイト代割り増ししてくれるって言うし天野さんにプレゼントするのは嫌じゃないけどね……
「あ……綺麗……」
お? 興味有りかな?
「ちょっと見てみようか」
「はい!」
気に入ってくれるのは有るかな? 暫く商品を眺めていたけど少し前から銀色で卵型のペンダントをじっと見ている。
「おじさんこれ貰うよ」
「おう、1500円だ」
ペンダントを受け取り天野さんに渡す。
「プレゼント、作戦の内だと思って気軽に受け取っておいて」
「修輔さん……はい! ありがとうございます!」
喜んでくれたようだ。さて、ストーカーはどこかで見てるかな?
「ん?」
少し辺りを気にしているとマナーモードの携帯が震えた。天野さんに待ってもらい確認すると、相手は心さん? 何かあったのかな?
「はい? どうかしました?」
『アリス君、彼女に惚れた?』
突然何を言い出すんだこの人は……
「なんですか? 用件が無いなら切りますよ」
『アリス君つめた~い、そんなアリス君に忠告です。会話に気を取られてる内に彼女狙われてるよ~』
なに!? 天野さんの居た場所を見る、居ない!
「暢気に電話してないで助けてくださいよ!」
『ふふ~ん、それはアリス君の役目なんだな~』
駄目だ、何企んでるか知らないけど僕が動かないといけないみたいだ。
天野さんを探し辺りを見回す僕の視線の端に裏路地に引っ張られていく天野さんが映る、一瞬だったけど、天野さんの手に二本の缶ジュースが握られていた。僕が話してる間に買いに行って、僕から離れた所を狙われ経ったことか!?
急いで天野さんが連れられていった路地を駆ける、幸い道は一本道、とにかく急いで駆けていくと、天野さんに迫る小柄な男と塀を背にしている天野さんが居た。
『アリス君、そこでドロップキック!』
心さん! どこで見てるんですか! 見てないでとっとと助けに来てください!
通話中のままの携帯から心さんの暢気な指示が出る、無視するけどね! 先制攻撃は有効かもしれないけど、喧嘩なんてしなこと無い僕は腕に自信が無い。とりあえず注意をこっちに向けよう。
「まさかこんなに簡単に出てくるとは思わなかったよ。大人しく質問に答えるなら警察に突き出すだけで済む、抵抗すると怖い人が来るよ」
『ちょっと、怖い人って私のこと?』
携帯から心さんの抗議が聞こえて来るけど僕は嘘は言ってない。
男は僕の言葉を聴きこちらに振り向いた、その顔は……
「七海?」
知り合いが出てきたよ、普段から何考えてるか分からない奴だけど、こいつがストーカーか……
「何で君が彼女と居る……彼女は僕のなんだ、だから彼女は僕と居るべきなんだよ……」
ぶつぶつ何か言い出した。
「ふふ、そうだよ、僕は彼女をこんなに愛してるんだ、彼女が僕のものじゃないわけが無い、はは、あははははは」
話は通じないか? 力ずくでいくしかないのかな? でも喧嘩に自信無いしなぁ……
「あ……」
ちょっと、天野さんその振りかぶった缶ジュースどうする気?
七海は僕の方を向いて騒いでいるので天野さんの行動には気付かない。気付かないうちに缶ジュースは投擲された。
「へぶ!!」
後頭部に直撃、当たり所が悪かったのか、七海は変な声を出して気絶した。
『お疲れ~、その子はこっちで処理しとくから戻って良いよ~』
天野さんが気絶した七海に追撃をかけようとするので、宥めて心さんの指示に従おう。
こうして、ストーカーは無事捕らえる事が出来た。あれ? 僕何もやってないような気が……
ま、いいか。事務所まで戻って来た僕らに悠兎さんから携帯で報告があった。
『那美さんを死なせたのは七海で間違いなさそうだね、彼、支離滅裂なこと言ってるけど、要約すると……美菜さんと那美さんを間違えてストーカして事故現場まで追い込んだ、そして逃げようとした那美さんが崖から落ちたってところだね、詳しくはこれから調べるし、調教……もとい、説得してもう美菜さんに近づかないようにはするから安心するといいって伝えといてくれ』
「分かりました……」
調教とか聞こえたのは聞かなかったことにしよう、兎に角、天野さんに伝えて依頼終了だね。
「……という訳で、もう大丈夫だって」
悠兎さんに聞いた内容をそのまま伝えると、天野さんはホッとした表情で微笑んだ。
「ありがとうございます。これで安心できました」
「うん、詳しい報告は後日ってことで、今日は送って行くから帰ろうか」
そうして事後処理は悠兎さん達に任せ天野さんをいつも通り駅前まで送って行こうとしたのだけど、天野さんが事件現場に寄りたいと言い出した。時間もまだ早いしストーカーはもう捕まった為、大丈夫だろうと考えたが、一人で行かせるのも気が引けて思い付き合うことにした。
ここは相変わらず人通りが少ない、今も僕達以外は誰も居ない。
「修輔さん、ありがとうございます」
「はは、僕は特に何もしてないけどね……」
最後にストーカーを気絶させたのも天野さんだしね。僕がやったことって、天野さんと一緒に行動してたぐらいかな?
「そんなこと無いです。一緒にいてくれて嬉しかったですから……」
「ん?」
「結構無理して残ったのでそろそろ限界みたい……消える前にストーカーのこと解決出来て良かったです」
急に何を言ってるんだ? って、天野さんの体が透けだした!? どういうこと?
「ごめんなさい、結果的に騙す事になっちゃいましたけど、最後の日々、楽しかったです」
「天野さん? 変な冗談は止めてくれないか!」
口では冗談だと否定するが、僕の中で現状の答えが出てしまっている、それを否定したくて僕は言葉を紡ぐ。でも、彼女……天野那美さんの体はどんどん薄くなり消えていくことを防げない。
「振りだけど、生前出来なかったデートも出来ました。ありがとうございます」
死神でも無い僕には那美さんが消えることを止められない、ならせめて……
「天野那美さん、約束するよ七海、あのストーカーが美菜さんに危害を加えないように月村の者が護るから……」
彼女を安心させる言葉を……
「ありがとうございます」
那美さんは目の端に涙を浮かべつつも笑顔で消えていった。
僕は感じる悔しさを胸に事件現場を後にした。
「悠兎さん!!」
勢い良く事務所の扉を開ける、中に居た悠兎さんは驚いた顔で僕の方を見たけど直ぐに納得したような表情になり、優しく微笑んだ。
「その様子だと、彼女は逝ったか……」
っ! この人は、やっぱり最初から気付いていた!?
「知ってたんですね、彼女が美菜さんじゃなく那美さんだってこと……既に死んだ者であることを……」
「俺を誰だと思ってる?」
「なら最初からただ働きになることを知っていたでしょ?」
今回の依頼人である那美さんはもう居ない、つまり以来料を払う者はもう居ないということだ。
「それは、アリス君が働いて払うんだよ~、依頼人を連れてきたのはアリス君だからね~」
は? 心さん、何を言ってる……
「俺はそのつもりで依頼を受けたんだが?」
前々からここで正式に働く気は無いかって言ってたけど、もしかして僕はめられた?
「はぁ……もういいよ」
彼女との約束を悠兎さん達だけに任せるのも気が引けるし、覚悟を決めよう。
こうして、僕は月村探偵事務所の正式な社員になった。
彼女、天野那美さんが逝ってから数日経った。
七海の調教……もとい、説得も終わり、美菜さんからストーカーの脅威がなくなったと報告するために彼女の眠る場所を訪れていた。
「あれ!? 天野さん?」
那美さんの眠るお墓の前に彼女が佇んでいた……いや、那美さんと同じ顔と言うことは、彼女は美菜さんか?
「え? あ、貴方は、以前しつこい軟派から助けてくれた……」
あぁ、以前吉川にからまれていたのは美菜さんのほうだったのか……てっきり、那美さんだと思っていた。
「こんにちは、那美さんのお参り、僕も良いかな?」
「えっと、那美の知り合いですか?」
「まぁ、そんな所……君にも報告しておこうかな」
美菜さんも安心させておいた方が良いだろう。
「君に付き纏っていたストーカーだけど、もう大丈夫だよ」
「え!?」
まぁ、いきなりこれだけ言ったんじゃ訳分からないか……
那美さんが死後に依頼に来たということは伏せて、那美さんからの依頼で僕達が動いていたことを伝えた。
「そう、ですか……那美が……」
美菜さんは那美さんの墓に向かい瞑目し静かに涙を流しだす。
そっとしておくことにして僕も目を閉じ那美さんに事後報告をする。
もう大丈夫だよ、あの後の対処も全部終わった……
『ありがとう』と那美さんの声が聞こえた気がした……
「ん?」
墓石の上に置いてある物、あれって……
「美菜さん、あれ、美菜さんが置いたの?」
見覚えのあるそれがここにあることに疑問を感じ聞いてみるけど美菜さんも知らないと言う。
銀色で卵形のそれを手にとって見る、僕が那美さんにプレゼントした物とは少し違いが有った。
「裏に何か刻まれてる……」
N to M
We wish you
happiness
…………なんとなく、理解した。
僕はその願いの刻まれたペンダントを那美さんからだと言って美菜さんに渡しその場を去った。
僕も、彼女の幸せを願いながら……
時の流れって早いよね、あれから少し季節は廻り僕は進級した。残念なことに、卒業前から正社員に登録されてしまった月村探偵事務所の仕事にも慣れて来てしまった。
「アリス~、今日から新しいバイトが入るから暫く面倒見てやってくれ」
悠兎さんに言われて、ようやく僕の申請が通ったことにホッとする、正社員になってからバイト時にやっていた仕事に加え正社員としても色々とやらされている為、僕の負担が大きくなっていたんだ。
で、バイトからの仕事だけでも他に回してもらえないかと言ったが、誰もデータ整理や掃除をやりたがらない、ならせめて新しくバイトを捜してくれと一月ほど前から言っていたのだけどね……
「なんかアリスと同じ大学に通ってるらしいぞ」
へぇ、そうなんだ。
「実はもう来てるよ~、ほら、入って~」
心さんが入り口のドアから新しいバイトの人と共に入って来る。
彼女は……
「俺と心は面接の時に会ってるな、まぁ、今日からヨロシク。で、こいつが暫く仕事を覚えるまでの君の教育係、よろしくしてやってくれ」
見覚えのある銀色で卵形のペンダントを付け、満面の笑みで笑いかけた。
「よろしくお願いします!先輩!」
「うん、よろしく、美菜さん」
よかったら感想等聞かせてください!!(*ノдノ)…(*ノд゜)ノチラッ