異説鬼退治Ⅱ 後日談
会食を終え、桃太郎たちはお爺さんとお婆さんを鬼が島㈱の座敷牢にぶち込み、とりあえずの処置を済ませました。
そして事が一段落した時のことです。
桃太郎の家の居間ではぶすっとした顔のツンデレラがソファに腰掛けていました。
その正面にはヒイラギと長倉がソファに座り、ツンデレラに向かい合っています。
彼らはツンデレラに提案しました。
そろそろ、組に戻らないか、と。
「嫌よ! 絶対嫌!」
ヒイラギと長倉の懸命の説得にも、ツンデレラは首を縦に振りませんでした。
自分の居場所は桃太郎の家である、と頑なに拒んだのです。
「もう、敵はいないんでしょ? だったら私が組に戻る必要はないわ」
「それはそうなんだけどね……」
ヒイラギは困った顔です。
「でもね、お父さんとお母さんが心配しているんだ」
この一言でツンデレラの表情が変わりました。
「し、知らないわ。私が組を継がないと言ったら、叱るような親なんか」
「お嬢様。これは言うべきではないと思っていたのですが……お父様とお母様は毎日、あなたの写真を見て、ため息をついておられました。子を案じぬ親などおりません。きっと、不器用なだけなのです」
と長倉が声を抑えて言います。
ツンデレラは、少し俯いて
「……分かったわよ。帰ればいいんでしょ、帰れば。でも、少しだけだからね。少しだけ帰ったら、またここに戻ってくるんだから」
「うむ、少しでいい。息子夫婦に元気な顔を見せてやってくれ」
穏やかな声と笑顔は関東竜胆会の会長としてのものではなく、孫娘を案じる祖父のそれでした。
誰もが惹きつけられる紅い瞳に浮かべた涙を見せまいとしていたツンデレラを見て、桃太郎は
「ツンデレラ、また遊びに来てね。僕たち、待ってるから」
と最後は笑顔で送り出そうと努めます。
最後は涙なんて嫌ですから。
もうこれで今生の別れではありません。
いつかきっと、また会えるのですから。
ツンデレラが桃太郎の家を去ってからもう三か月です。
鬼が島㈱の座敷牢で反省の日々を送るお爺さんとお婆さんはNASAによって、火星に送られることがそろそろ決まるというニュースが日本を賑わしていました。
そんな時です。
ツンデレラからの手紙が来たのは。
『拝啓 お兄ちゃんへ』という書き出しから始まり、日常を楽しく過ごしているという内容がつらつらと書いてありました。
「よかった、楽しく過ごせているみたいで」
ダイゴロウとポアロも桃太郎の横で手紙を一緒に読んでいます。
ホームズは相変わらずみたらし団子を喉に詰めて、悶えていました。
手紙の締めは『また必ずお兄ちゃんの家に行きます。その時は、お兄ちゃんをもらいに行くつもりです』とあります。
「はは、おませさんだなあ」
苦笑する桃太郎。
夕方に届いた手紙を読み終えると、すでに日は落ちていました。
秋の日はつるべ落としとはよくいったものです。
さて、桃太郎が夕食の準備にかかろうとエプロンをつけた時でした。
家のチャイムが鳴ります。
「お客様かな。ダイゴロウ頼んだよ」
ダイゴロウは返事をして、玄関に走りました。
普通ならすぐに戻ってくるのですが、数分経っても戻ってきません。代わりに、わんわんと大きな声で吠えています。
ポアロがくちばしで桃太郎の袖を引っ張りました。
「僕を呼んでるの?」
エプロンを外して桃太郎は慌てて玄関へと早足で歩きます。鍋でジャガイモを似ていることをすっかり忘れて。
たどり着いた先には
「こんばんは、お兄ちゃん」
純白のドレスを身に着けたツンデレラがいました。薄く化粧をしています。それはまるで夜会に赴く淑女のようです。
「えへへ、来ちゃった」
ぺろっと舌を出して悪戯っぽく。
その様子を見た桃太郎は自然に笑みをこぼします。
それは彼女の顔が幸せにあふれているから。
「うん、いらっしゃい。ちょうど今夕食の準備をしていたところなんだ。ツンデレラも一緒にどうかな?」
「喜んで、いただきます! あ、お兄ちゃん、あのね……」
「なんだい?」
「今日はね、お父様とお母様も一緒に来てるの。だからね……」
「ああ、四人分用意すればいいんだね?」
「……鈍感! 違うの! つまりね……」
「ああ! ごめん! 鍋に火をかけたままにしてたの忘れてた! とにかく上がって! ああ、ご両親にも上がっていただいて! ダイゴロウ、ポアロ。案内よろしく。それから、ホームズに粗相しないようにって言いつけといて」
どたばたと台所に戻る桃太郎。
どうやら、今日の夕食は賑やかになりそうです。
(了)
こんばんは、jokerです。
これで異説鬼退治Ⅱは閉幕です。ご愛読いただき、ありがとうございました。
あとがきは日記?に書きますので、そちらをご覧ください。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。