骨鳴り神社
骨鳴り神社の解体音
「おい、早くしろよ。俺のタバコが一本消えるまでに、なんか面白い話しろって言っただろ?」
薄暗い放課後の裏路地。
俺――祥吾は、地べたにへたり込むオタクの胸ぐらを掴み、安タバコの煙を顔面に吹きかけた。
取り巻きの連中がゲラゲラと下品に笑う。オタクは怯えてガタガタと震え、涙目で地面を見つめている。
「あ、あの……じゃあ、都市伝説、なんですけど……」
「あァ? 都市伝説ぅ?」
俺はわざとらしく、両手の指を組んでポキポキ、ポキポキッと小気味いい音を鳴らして見せた。
オタクがびくりと肩を跳ね上げる。この音が、こいつらにとっての恐怖の合図だ。
「つまんなかったら、この音の数だけお前の指、逆に曲げてやるからな」
「ひっ……! ほ、本当にあった話なんです! この街の山の裏にある、通称『骨鳴り神社』の噂で……っ」
オタクが早口でまくし立てる。
聞けば、その神社で指や首の骨を鳴らすと、どこからともなく『お迎え』が来て、全身の骨を雑巾みたいにめちゃくちゃにへし折られて殺されるらしい。
「骨鳴り神社ぁ? ハッ、くだらねえ」
俺は短くなったタバコを地面に放り捨て、靴の裏で踏みにじった。
「よし決めた。今から俺がその神社に行って、指鳴らしまくって動画撮ってきてやるよ。何も起きなかったら、明日お前の骨をポキポキ鳴らしてやるからな。楽しみに待ってろよ?」
恐怖に顔を青ざめさせるオタクを蹴り飛ばし、俺はスマホを片手に、夜の山へと原付を走らせた。
その時はまだ、あんな地獄が待っているとは思いもしなかった。
*
深夜の神社は、耳鳴りがするほどの「無音」だった。
風の音も、虫の音もしない。ただ、自分の足音だけが砂利に擦れて鼓膜にへばりつく。
「あー、骨鳴り神社に来ましたー。今から骨鳴らしまーす」
俺はスマホのライトで自撮り動画を回しながら、ひび割れた賽銭箱の前に立った。
画面越しに薄ら笑いを浮かべ、両手の指を思いきり組む。
ポキポキポキッ!
静寂の境内に、乾いた音が無駄に響き渡った。
数秒待つ。……何も起きない。
「はい、お疲れ様でしたー。オタクくん、明日は病院のベッド予約しとけよな」
鼻で笑い、録画を止めようと画面から目を逸らした、その時だった。
ピシッ……。
背後で、枯れ枝を踏むような微かな音がした。
振り返った俺は、声にならない悲鳴を喉の奥で引きつらせた。
そこに立っていたのは、人間ではなかった。
首から上があるべき空間には何もなく、代わりに肩口から、腕とも脚ともつかない細長い手足が五本、六本と、蜘蛛のように不規則に垂れ下がっている。
「ひっ――」
逃げる暇すらなかった。
顔面を乱暴に掴みかかられ、口の周りにカサカサに乾いた紙ガムテープが何重にも巻き付けられる。
ビリッ、ビリリッ
テープを裂く不快な音が耳元で鳴り、古い接着剤の埃っぽい悪臭が鼻腔を塞いだ。
*
車はタイヤをきしませ、狂ったような急発進をした。
鉄板剥き出しの荷台で、俺の体はボールのように転がる。
急カーブのたびに壁に肩を打ち付け、荒いブレーキの衝撃で床に顔面を叩きつけられる。
「ンンーッ! ンンンーッ!」
猿轡の奥で涙と鼻水を流しながら叫ぶが、運転席に座る『首の無い何か』はピクリとも反応しない。
ただ、整備不良のエンジンが悲鳴を上げるような轟音と、俺の体が鉄板に叩きつけられる鈍いゴガンッ!という音だけが車内に響き渡り続ける。
……おかしい。
打ち付けるたびに、俺の肘や膝の関節が、自分の意志とは違う方向へ曲がり始めている。
ミシッ……。
体の中から、鳴ってはいけない嫌な音がした。
痛い。痛い痛い痛い!
関節が、筋肉が、見えない巨大な手で雑巾のように絞り上げられていく。
骨鳴り神社の呪いは、終わっていなかったのだ。
*
車が急停車した先で、地響きのような音が鼓膜を震わせた。
ガシャンッ……メキメキメキメシャァァァァァッ!!
巨大な金属が圧縮され、フロントガラスが粉々に砕け散る狂おしい破壊音。
隙間から見えたのは、深夜の自動車解体所。
今まさに、前の車がプレス機でペシャンコの鉄屑にされた音だった。
次の瞬間。
ドンッ!!
頭上の屋根が凄まじい衝撃と共に凹んだ。巨大な電磁石のクレーンが、俺の乗る軽バンの天井を吸着したのだ。
「ウ、グッ!?」
ギュインッ! という唸るようなモーター音と共に、内臓が床に置き去りにされるような暴力的な急上昇。強烈なGに息が詰まり、体が床に押し付けられる。
地上数メートルの虚空。ガタガタと揺れる車内で、限界を迎えた俺の歪んだ骨が、メキ、メキと悲鳴を上げる。
――その直後、磁力が切られた。
*フワッ。*
胃袋が喉元までせり上がり、全身の血の気が引く。
永遠にも思えるような、無重力の滞空感。
一瞬の静寂の後、車体は重力に引かれ、プレス機の鋼鉄の顎へと真っ逆さまに叩き落とされた。
四方から、圧倒的な質量の鉄板が迫ってくる。
ガァァァァンッ!!
車体がひしゃげる絶望的な金属音。
それに同調するように、俺の全身の骨が原型を留めずに砕け散る。
メキメキメキッ! グシャァッ!
鉄が潰れる音と、骨が潰れる音が、完全に一つの交響曲になった。
意識が暗闇に溶けていく最期の瞬間、脳の奥底で、かつて自分が面白半分に鳴らしていたあの音が響いた。
――ポキッ。




