第6話 薬草と森の奥
街門を抜けた時、空はようやく色を変え始めていた。
夜の名残を残した紺色の上に、
東の端だけが、薄く白んでいる。
日が、昇り始める前の時間帯。
街道は静かだった。
石と土が踏み固められた道。
両脇には低い草地が続き、遠くに林が見える。
人の往来はある。
荷を引く馬車。
歩いて街へ向かう行商。
一人歩きの冒険者も、ちらほらいる。
――比較的、安全。
掲示板の依頼内容が、頭をよぎる。
薬草採取。
街道沿いに自生する治療用の草を集めるだけ。
魔物の討伐指定もない。
「……まずは、これでいい」
出発前、受付の女性の説明を思い出す。
葉の形。
茎の色。
摘み取る位置。
「根を傷つけないようにしてください。
数が減ると、困りますから」
淡々とした口調だった。
街道沿いに視線を落とし、
教えられた特徴と合う草を見つけていく。
一つ。
また一つ。
袋の重さが、少しずつ増えていく。
その時だった。
街道から、わずかに外れた場所。
草が、不自然に踏み荒らされている。
「……?」
獣にしては、足跡が乱れている。
人のものにも見えた。
一瞬、立ち止まる。
依頼範囲は、街道沿いまで。
無理に入る必要はない。
だが――
なぜか、目を逸らせなかった。
「少しだけ、だ」
林の縁へ足を踏み入れる。
空気が変わる。
湿った匂い。
音が、遠のく。
数歩、進んだ先。
倒れている男がいた。
旅装のまま、横倒しになっている。
近づくにつれ、血の匂いが強くなる。
「おい、大丈夫か?」
――返事が、ない
膝をつき、首元に手を伸ばす。
「………っ」
胸元は深く切られていた。
争った痕跡。
剣が、少し離れた場所に落ちている。
「……街道のすぐ近くで…」
違和感が、はっきり形を持つ。
視界に、文字が浮かび上がった。
――スキル【剣術】を吸収できます。
短く、息を吐く。
力になる。
それは分かっている。
同時に、
この男の最期を引き受けるということでもある。
男は、静かに文字へ触れた。
――スキル【剣術】を吸収しました。
体の内側に、重さが落ちる。
剣を握る感覚。
踏み込みの癖。
知らない経験が、
否応なく、馴染んでいく。
立ち上がり、周囲を見渡す。
森は、静まり返っている。
何も、起きていない。
それでも――
「……戻るか」
袋を持ち直し、
街道へ引き返す。
薬草採取は、まだ終わっていない。
だが、
ここを「気楽な依頼」だとは、
もう思えなかった。
―――
ギルドに戻ると、
受付の女性が顔を上げた。
「納品ですか?」
袋を差し出しながら、首を振る。
「途中で、死体を見つけた」
「……場所は?」
街道からの距離。
林の位置。
簡潔に伝える。
受付の女性は、メモを取り、
一度だけ、視線を伏せた。
「確認は、こちらで行います」
「依頼は?」
「薬草の分は、完了扱いにします」
事務的な声だった。
だが最後に、
ほんの一瞬だけ、言葉が止まる。
「……最近、
街道周辺での事故が、
増えています」
それだけ言って、
受付の女性は次の冒険者へ視線を移した。
男は、背後に視線を感じながら、
ギルドを後にする。
胸の奥に残るのは、
説明しきれない違和感。
それが、
これから先を決めることになるとは、
まだ知らない。




