第1話 生きている理由
冷たい。
最初に感じたのは、
地面の感触だった。
背中に伝わる、
湿った土の冷え。
「……」
目を、開ける。
空が見えた。
見たことのない色の空。
薄紫と群青が混じり合い、
そこに――
月が、二つ。
「……?」
すぐには理解できなかった。
頭が、
ひどく静かだ。
痛みが、ない。
――おかしい。
ゆっくりと、
体を起こす。
服は、
破れていない。
血も、
ついていない。
腹部に手を当てる。
あったはずの傷が、どこにもない。
「……」
息を、吸う。
肺が、問題なく膨らむ。
生きている。
――なぜ?
次の瞬間、
記憶が、洪水のように溢れた。
赤い床。
倒れていた詩織。
動かなかった、小さな体。
刃。
笑っていた男。
「……っ」
喉が、
詰まる。
視界が、歪んだ。
「……詩織……」
声に出した瞬間、
胸の奥が、裂けた。
立ち上がろうとして、
足が、もつれる。
地面に、手をつく。
その時――
視界の端に、何かが浮かび上がった。
【スキル獲得】
淡い光の文字。
触れようとして、
指が、すり抜ける。
【特殊:吸収】
「……スキル……?」
言葉にした瞬間、
不思議と、理解できた。
説明されていないのに、分かる。
――ここは、
元いた世界じゃない。
異世界。
漫画や、小説の中でしか知らなかった場所。
「……はは……」
笑いが漏れた。
理由は、分からない。
可笑しかったのか。
壊れかけているのか。
だが、
次に浮かんだ考えが、すべてを塗り替えた。
――俺の体は、生きている。
致命傷だったはずの傷が、完全に消えている。
なら。
「……もしかして……」
胸が、
強く脈打つ。
詩織も。
あの子も。
同じように――
「……生きてる……?」
希望が、
恐怖と一緒に湧き上がる。
もし、この世界に二人も来ているなら。
探せば、
必ず会える。
だが、同時に思い出す。
あの男たち。
あの夜。
あの言葉。
「……」
拳を、
強く握る。
爪が、
皮膚に食い込む。
怒りと、
後悔と、
どうしようもない無力感。
それらを、
すべて飲み込んで。
「……探す」
声は、
低く、掠れていた。
家族を。
この世界の、どこにいようと。
そして――
「……必ず、見つける」
あの五人も。
許すためじゃない。
忘れるためでもない。
――父親だからだ。
立ち上がる。
異世界の空の下で。
理由は、
もう十分だった。
生きている。
それだけで、
探す理由になる。
この世界が、
どんな場所でも構わない。
剣を取ろうと。
魔物を殺そうと。
冒険者になろうと。
――俺は、
ここに立つ。
家族を探すために。
そして、因果を終わらせるために。
その旅が、
取り戻せないものを増やしていくことになるとも知らずに。




