第3話
「はーあ!」
雄叫びと共に、襲いかかってきた魔物の首をバルシュが切り落とす。
ダンジョンに入ってから1時間、カトレア達は早くも魔物との戦闘を始めていた。
「おらぁ!でぁ!ガンガン行くぞー!」
バルシュは見た目通り好戦的で、襲いかかる魔物を次々と倒していく。
他の冒険者も負けじと戦い、グランはバルシュのためだけでなく、全メンバーの盾の役割を担っている。
「アンリ!今だ!」
「はい!はぁ!」
グランの合図で、アンリも弓を魔物に命中させる。
アンリは始めての戦闘とは思えない動きを見せていて、基本は遠くから弓でアタッカーを援護、近づいてきた相手にはナイフで応戦と素人とは思えない。
「すごいなアンリ、始めてのダンジョンだと震えて動きが鈍くなる冒険者が多いが、かなり動けてる」
「ありがとうございます!グランさんが相手を引き付けてくれてるおかげです!」
「グランでいい。仲間なんだからな」
グランもアンリの動きに感心しているようで、2人は信頼度が増しているようだ。
一方、カトレアはというと、
「魔術師の方々は後方支援をお願いします!」
「はい!皆さん、詠唱を!」
Bランクの魔術師の合図で何人かは詠唱を始め、無詠唱が使える冒険者は魔法を放つ。
今回はアタッカーの援護射撃をするサポートがメインのようだ。
エバも詠唱をしていくつか攻撃魔法を放っている。
「光の矢!」
エバの放った光の矢が魔物の眼球に命中し、魔物が怯む。
そこをバルシュがすかさず討伐、息のあったコンビネーションだ。
「ふぅ…大丈夫?カトレアちゃ……」
「心配無用です」
本人は現場を見ることに集中していて気づいていないが、周囲の魔術師達がカトレアを凝視している。
無詠唱で魔法を使う事はかなりの難易度だが、それなりにできる魔術師はいる。
しかし、カトレアは無詠唱どころか、魔物がカトレアに近づくだけで氷漬けになっていた。
「私は魔法をフルオートで発動させているので」
「フ、フルオート……そんな事できるの?」
「鍛錬すれば」
「そ、そうなんだ……」
心の広いエバも、さすがに引いていた。
しばらくは魔物を倒しながら進み、セーフティゾーンに着いたところで一休みする事になった。
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ダンジョンには様々な形が存在する。
ひたすら上に登っていくタワー型、逆にひたすら下へ下って行く祠型、道がぐちゃぐちゃになっている迷宮型。
細かく分ければ他にもあるが、大きく分ければこの3種類だ。
今、カトレア達が挑んでいるダンジョンは祠型で
4つ程階段を下った。
つまりは4階層に到達と言える。
「お疲れ様、カトレア」
一人で食事していると、アンリが水を持って近づいてきた。
「おつかれ。後ろから見てたけど、随分と戦い慣れてるね」
「そ、そうかな、お兄ちゃんとよく喧嘩してたおかげかも!」
「対人戦と魔物戦は全くの別物だよ。初めてでそんなに動けるなら、ランクもすぐ上がるかもね」
そんな風に褒めると、アンリは慣れていないのか気恥しそうにしている。
そんな表情を見ると、13歳らしい姿だとカトレアは微笑む。
「カ、カトレアこそ!何かすごい事してるって、エバさんから聞いたよ!」
「すごい事?」
「何か、何もしてないのにカトレアの周りがどんどん凍っていくって!」
「あー……まあ魔術師だからね」
あまり深く考えずにフルオートで魔法を発動していたが、そんな事ができるEランク冒険者など普通居ないだろう。
その事にカトレアは今更気がついた。
(次からはもうちょっと抑えよ)
「ていうか、ダンジョンにもこんな所あるんだね!何か不思議、ダンジョンなのに魔物が居ないなんて」
「この階層は『セーフティゾーン』だからね」
「セーフティゾーン?」
「冒険者がそう呼んでるだけだよ。ただ魔物が出てこない階層ってだけ。ないダンジョンもあるよ」
ダンジョンの中には、セーフティゾーンと呼ばれている安全な階層が存在する所もある。
何故そんなエリアがあるのか、一体誰が作ったのか、誰が発見したのかも分かっていない。
「……カトレアって、本当にダンジョン初めて?」
「え!?は、初めてだけど……」
「それにしては、ダンジョンに詳しいような……」
「し、師匠が教えてくれてたから……」
「じーっ……」
誤魔化すカトレアにアンリは疑いの目を向ける。
「み、水汲んでくる!」
カトレアはこれ以上追及されないように逃げる。
「あ!それなら、いい場所見つけたよ!」
「いい場所?」
「ついてきて!」
そう言って、アンリはカトレアの手を引き走る。
しばらく走ると川が見えてきて、カトレアは目を見開く。
「ね!すごいでしょ!」
眼前に広がるのは、飲水として流れている川、その頭上に植物が垂れ下がっていて、先端部分が色鮮やかに光っている。
その周りをキラキラと紫色の羽を光らせた蝶が待っていて、より景色を際立たせている。
「蛍光蝶、ダンジョンには珍しい無害の魔虫なんだよ」
蛍光蝶を指に乗せて、アンリは説明する。
「すごく綺麗だよね。私、こんな綺麗な場所にカトレアと来れて良かったよ!」
笑顔でそう言うアンリを見て、カトレアは気づく。
今まで感じた事の無い胸の高鳴りに。
「カトレア、私をダンジョンに連れて来てくれてありがとう!冒険って楽しいね!」
「……うん、こんな綺麗な景色、ダンジョンで初めて見たよ」
カトレアにとって、ダンジョンは魔法を試す場所で、特別に感じた事も、潜っていて楽しいと感じた事もなかった。
景色なんて、ただの背景で、そこに意味などなかった。
けれど、目の前に広がる光景を見て、アンリの楽しいという言葉を聞いて、カトレアは初めてダンジョン攻略を楽しいと感じていた。
いつも一人だったから気づかなかった事、誰かと苦楽を共にし、ダンジョンに立ち向かう。
それが冒険者であるとカトレアは気づく事が出来た。
(初心に返る、か。悪くないじゃん)
カトレアとアンリは、綺麗な蛍光蝶達の舞を時間いっぱいまで並んで見つめていた。




