第2話
「ダメだ!帰りな!」
ダンジョン参加の手続きをしようと、チラシに書かれていた場所に向かったカトレアとアンリだったが、受付をしている屈強な男に突っぱねられていた。
「なんでよ!ギルドもランクも関係ないって書いてあるじゃない!」
「確かに関係ないとは言ってるが、向かうダンジョンは『ランクD』だ。全く何の経験もないEランクの冒険者が行く場所じゃねえよ」
ダンジョンや冒険者にはランクがある。
冒険者はE~A、ダンジョンはD~Sがあり、
冒険者はダンジョンや依頼をいくつかクリアする事でランク昇格を目指す。
今回、募集があったダンジョンのランクはD
Eランク冒険者も参加OKだが、さすがに初仕事で選ぶものではない。
「何で経験ないって分かるのよ!」
「これだよ。ペンダントをこの魔道具にかざせば、そいつがどれだけの依頼をこなしてるか見えるんだ」
男はカトレアのペンダントを四角い氷のような魔道具にかざしながら説明する。
「今日冒険者になったばかりなら、もう少し簡単な依頼から始めろ。作物の収穫とか、弱い魔物の討伐とかな」
男はカトレアにペンダントを返し、やれやれと呆れた様子を見せる。
その態度に、カトレアは頬を膨らませる。
(何を〜!私はSランクのダンジョンもソロでクリアできるんだぞ!舐めやがって〜)
「カトレア、やっぱり最初は別のにしない?」
アンリは引き下がろうとするが、カトレアはそんなに大人ではなかった。
何かないかと周りを見ると、一人の少年が目に入る。
「ちょっと!あの子も今日冒険者になったばかりの子でしょ!何であの子はいいのよ!?」
カトレアが指さした先にいる少年は、パールで冒険者証を作った際に一緒に居た少年だった。
今日から冒険者で、時間的にも初めての仕事に違いない。
「あの坊主は、パーティを組んでるからいいんだよ」
「私達だってパーティじゃん!」
「Eランクの駆け出し2人で何がパーティだ!あの坊主のパーティリーダーはランクCだ。だから問題ねえんだよ」
ダンジョン攻略に参加する条件の一つに、
『Cランク以下の冒険者は2人以上での参加』
『Dランク以下はCランク以上の冒険者と参加』
が義務づけられている。
これは、過去にダンジョン内でソロ参加した冒険者が周囲に囮扱いされたという事件があり、その危険性から定められたルールだ。
ソロしか経験のないカトレアは、そんなルールを知る由もない。
「つまり、Cランクの人が居るパーティと参加すればいいってこと?」
「まあ、そう言うことだが、嬢ちゃん達にそんな知り合い居るのか?あの坊主はパーティリーダーの弟だから参加できたようなもんだぜ」
「探すわよ!首を洗って待ってなさい!」
「期限は今夜までだ。それ以降は受け付けねえぞ」
「望むところよ!」
こうして、カトレアが無駄な意地を張った事で、Cランク冒険者が居るパーティを探す事になってしまった。
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「もう!どうしてそうムキになったの!」
「……ごめんなさい」
受付場所から離れたカトレアは、アンリから説教を受けていた。
ランクも歳も下の女の子に最強の魔術師が怒られているという絵面は奇妙に映る。
「そこまでしてダンジョンに潜る必要ってあるの?受付の人が言うように、最初は軽い依頼から受けた方がいいんじゃ……」
「依頼、か……」
冒険者の仕事の一つに依頼書というものがある。
これは全ギルド統一のもので、街の住民や外れの村からの依頼から受けるものだ。
内容は様々だが、ダンジョンよりも細かく分けられ、作物の収穫といった、誰でもできそうなものから、魔物の討伐などある程度の強さが求められるものもある。
数日前にカトレアが行ったようなドラゴン討伐のような高位の魔物討伐は指名制だったりする。
(依頼なんかちまちまやっても、私の成長には繋がらないよな〜)
カトレアの目的は、あくまで停滞した成長を促すきっかけが欲しい、というもの。
そのため、駆け出しのアンリには悪いが、小さな依頼をしたところでカトレアに旨みは何も無い。
(まあ、Dランク程度のダンジョン攻略が役立つかは知らないけど)
「ねぇねぇ君達、ちょっといい?」
考えていると、チャラそうな冒険者2人が声をかけてきた。
嫌な笑みを浮かべる2人を見て、カトレアは呆れ、アンリは首を傾げている。
「なんですか?」
「さっき見てたんだけど、君達明日のランクDのダンジョン攻略に参加したいんでしょ?俺達のパーティメンバーとして参加しない?」
「え!?いいんですか?」
「もっちろん!」
アンリの反応に、男達のニヤケヅラは更に気持ち悪くなる。
「遠慮します」
「カトレア!?チャンスなんじゃないの?」
「やめた方がいいよ。この人達、アンリが目的だし」
「え!?」
「正確に言うと、その大きな胸が目的」
「えー!?」
カトレアがそう言うと、アンリはサッと前を隠す。
図星だったのか、男達の顔が引き攣る。
「ひ、人聞きが悪いなー……俺達は親切で─」
「それなら、その下心丸出しのキモイ顔は引っ込めたら?」
「こんの、クソガキ!」
カトレアの言葉に男は苛立ち、殴りかかろうとする。
魔法で返り討ちにしてやろうとしたその時、男の腕よりも更に大きな手が男の腕を掴んだ。
「そのくらいにしておけ」
低く野太い声が響く。
黒い髪に赤い瞳、2mはある大きな体躯に鋭い目付きをした男が立っていた。
「痛ッ!何すんだ!」
「ナンパするなとは言わんが、場所と人を考えろ。まだ子供だ。それに、貴様の行動一つでギルドの名に傷がつくぞ?」
「っ!?行くぞ!」
ガタイの良い男を一瞥し、2人組は店を出た。
「あ、ありがとうございました!」
「気にするな。同じギルド同士、助け合うのは当然だ」
アンリがお礼を言うと、大男はペンダントを見せながら言う。
ペンダントに埋め込まれた石はピンクに輝いている。
これは、自分のギルドがパールであるという証明だ。
「君達はパールの新人だろ?ウチは新人が多いからな。石の色でギルドメンバーだと分かるようにしているんだ」
(そうだったのか)
「そうだったんですね!」
アンリとカトレアは感心していると、大男がさっき2人組が言っていた事を思い出す。
「そういえば、明日のダンジョン攻略に参加したいのか?そんな声が聞こえたが」
「それはその……」
「ダンジョン攻略は冒険者の醍醐味だが、今日なったばかりだろ?そんなに急がなくてもいいんじゃないか?」
「そ、そうですよね!私達やっぱり─」
「命を賭けなければ、真の冒険者にはなれない」
大男の説得に、アンリが首を縦に振ろうとした時、カトレアが割って入る。
「何だ?それは?」
「私の師匠の口癖」
カトレアの目を見て、その言葉が本気だと大男は感じ取る。
少し考え、ある提案をする。
「……ならば、明日は俺のパーティと組むか?」
「え!?でも、やめた方がいいって今……」
「もちろん、無理して行くほどでもないとは思う。だが、死地に飛び込み、強くなった者を俺は知っている」
大男はカトレアの言葉を聞き、危険と成長は隣り合わせである事を認識する。
「だからこその提案だ。乗りかかった船だしな、協力はしよう」
「OK、その話乗った」
カトレアはすぐに了承する。
アンリは迷っているようで、中々答えを出せない。
「……もう一つ、私の師匠の言葉」
そんなアンリに、カトレアはまた言葉告げる。
「迷った時は、信じる人に賭けろ」
「!……分かった!」
アンリは覚悟を決めて、大男の手を取った。
「交渉成立だな。俺よ名前はグランだギルドはパールで、『マテリア』というパーティのリーダーをやってる」
「私はカトレア、今日から冒険者になった駆け出し」
「ア、アンリです!よろしくお願いします!」
こうして、カトレアとアンリは先輩冒険者グランのパーティでダンジョン攻略に参加するのが決まった。
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「さて、受付も済んだ事だし、改めて俺のパーティメンバーを紹介しよう」
あの後、グラン先導で受付を済ませ、3人は酒場で食事をしていた。
あの受付の男の顔を思いまして、カトレアはやってやったという顔をしていた。
「おいグラン!何だ?こいつらは?」
グランの左側に座る背丈の低い男がカトレアを指さして言う。
赤い髪と赤い瞳は情熱感が漂い暑苦しい。
「ちょっと!そんな大きな声出したらびっくりするでしょ!」
グランの右側に座る全体的に聖母オーラのある女が男を注意する。
水色の髪に青い瞳、メガネのフレームの隙間から見える泣きぼくろが特徴的な女性だ。
それとアンリに負けず劣らずの双丘を持っている。
「紹介しよう、明日のダンジョン攻略を共にするカトレアとアンリだ。今日から冒険者になったばかりの後輩だよ」
「今日から!?それで明日ダンジョン攻略?バカなのか?」
「あ、危ないよ!やめた方がいいんじゃ……」
「俺もそう言ったが、妙な信念を持っているからな。言っても聞かんぞ」
何とも失礼な事を言うグランに、反論したくなったカトレアだが、話が進まないので黙っておく。
「カトレア、アンリ、こいつらが俺のパーティメンバー。男の方はバルシュ、剣士でDランクの冒険者だ。女の方はエバ、魔術師で同じくDランク冒険者だ」
「けっ!」
「よろくね!カトレアちゃん、アンリちゃん!」
紹介されたバルシュはそっぽを向き、エバは優しく微笑む。
「今回のダンジョン攻略だけだが、こうして仲間になったのも何かの縁だ!今日は飲むぞ!」
「お!グランの奢りか?」
「もう!飲めるのはグラン君だけですよ!」
楽しそうにしている3人見て、アンリが小声で話しかけてくる。
「何だか、楽しそうなパーティだね!」
「……そうね」
「カトレア、何か静かだけど、どうかした?」
「……別に」
(……こんなことしてて、本当に強くなれるのか?)
楽しそうにはしゃぐ3人、それに混ざるアンリ、そんな中、カトレアは冷静に自身の成長の分析を続けていた。
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翌朝、ダンジョン攻略に向かうために、ビダヤの東門前にはたくさんの冒険者が集まっていた。
「すごい人数!」
初めて見る光景に、アンリは感嘆の声を出す。
「ランクDのダンジョンだが、最近発見されたばかりのダンジョンだからな。興味本位で来てる奴もいるだろう」
「Bランクの冒険者もいるぜ」
「今回はそんなに危険はないかもです。だから安心してくださいね、アンリちゃん、カトレアちゃん」
「は、はい!」
「……はい」
エバの言葉に、カトレアは少し憤りを感じた。
(危険はない、か。その心構えは良くない)
ダンジョンは未知の場所。
誰が作ったのかも何故この世界にあるのかも判明していない場所。
(そんな得体のしれない場所を前に、危険がないなんて、あるはずがない)
「怖いけど、ちょっとワクワクするね!カトレア」
「……そうだね」
アンリの顔を見て、カトレアは今まで感じたことの無い感覚がした。
それが何か、カトレアには分からない。
しばらくすると、今回のダンジョン攻略の主催が決起を始めた。
「これより、ランクDのダンジョン攻略を開始する!中には初めてのダンジョンという冒険者もいるだろう。だが安心しろ!俺達、ペルシアのBランク冒険者が付いている!」
その言葉がどれだけ安心できるのか、カトレアには分からないが、少なくとも周りの様子を見る以上、Bランク一人居ればDランクダンジョンの攻略は容易いようだ。
「これよりダンジョン攻略を始める!」
主催の男の一言で門が開き、ビダヤを出てダンジョンに向かう。
「いよいよだね!カトレア!」
「そうだね」
アンリは緊張はあれど、気合い十分と言った様子だ。
(こんなに早くダンジョンに潜れるのは良い予想外。こんな事をして強くなれるのかは分からないけれど、何もしないよりはマシ、かな)
各々の想いを胸に、ダンジョン攻略が始まった。




